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2005年3月12日(土)
18.トルコでテレビ・ウオッチャー

 トルコに行ってもすることがない。
 イスタンブールはほとんどどこも観光しちゃったので、ほかの街に行くか、もしくは家でゴロゴロしているだけである。さもなくば、親類や友人の家に上がり込み、メシを食ったりお喋りをするか。

 トルコ人というのはとにかくテレビが大好きで、どこの家に行っても一日中テレビがついている。ついていないときも、客が家に来るとまずテレビをつけてくれる。BGM代わりに使っているのだろうか。
 私は日本にいるときは、あまりテレビを観ない方である。よっぽど観たい番組があれば別だが、なんとなくダラダラとテレビを観ている時間というのが、ひどく無駄な気がしてしまうからだ。
 しかし、トルコでは無駄に使っていい時間がたくさんある。なんせわざわざ退屈しに行っているみたいなもんだから。

 夜中に「事件簿」みたいな番組をやっていて、私はこれが好きである。
 先日トルコに行ったときは、変質者にさらわれ、挙げ句強姦され暴行を受けた女の子の話をやっていた。 (※写真A)

(写真A)

 そのときの再現VTRを交えて、彼女自身のインタビューも出てくるのだが、未成年のため当然顔や名前は伏せられている。
 しかし、彼女の母親や姉もインタビューに登場し、これがしっかり顔出し名前出しなのだ。これじゃあ知っている人には、どこの誰だかわかっちゃうだろうと思うのだが、そういう細かいことはあまり気にしないのだろうか。

 ある日突然、変質者に無理矢理車でさらわれて、殴る蹴るされたうえに、ナイフで何カ所も体を刺され、さらにはペンチで生爪をはがされ…。そして強姦されて妊娠。
 その後、彼女は命からがら逃げ出し保護されたのだが、治療を受けた病院の医師が勝手に堕胎をし、それを警察に届けなかった、云々。事件自体はそういう筋書きである。

 当然ながら犯人は逮捕されたのであるが、ここからが日本の「事件簿」とちょっと違うところである。
 その犯人の居場所を警察が見つけ出し、突入。暴れる犯人を逮捕。というまでの一部始終をテレビカメラが追いかけているのである。さらには、逮捕される犯人に対して、インタビュアーが質問をしている。 (※写真B)

(写真B)

「そうだよ、俺がやったんだ! 俺がまた自由になったら、同じことをくりかえしてやるぜ!」
 みたいなことを叫んでいる場面である。
 これってヤラセなんじゃないの…。思わずそう言いたくなるくらいリアルなのである。

 そしてその後、テレビ隊は本人や家族を引き連れて病院にも行くのである。
 そこで勝手に堕胎施術をした医師にもインタビューをするのだが、医師と本人たち、インタビュアーと揉み合っている最中に、いきなり掃除のおばさんがテレビの画面にひょっこり登場する。登場すると言うよりは、何の考えもなしにいきなりその場に出てきてしまい、つい映っちゃったという感じなのだ。
 それに対して、その場にいた全員が(いきなり揉み合いをやめて)、
「なんでおまえがここに出てくるんだ!」
 と、そのおばさんに怒鳴りまくる。すっごいシリアスな事件なのに、こうなるとほとんどコメディーである。
 でも、そういう状況につい笑ってしまったのは私だけで、一緒に観ていたほかのトルコ人はずっと真剣であった。

 結果、犯人は逮捕され刑務所に入れられるのはもちろんのことであるが、トルコ人に言わせると、
「まぁ二度と世の中に出てくることはない」
 ということである。

 現在、トルコでは死刑制度は廃止されている。かのオジャラン(PKK=クルド労働者党の党首)もいったん死刑を宣告された後、終身刑に変更され、今はイスタンブールの孤島に牢獄されている。
 で、未成年に対して暴行を犯せば最高刑が与えられるのかと言えば、そうではない。

 トルコ(に限らず、そのほかのイスラム圏でもたぶん)では、子どもを殺したり子どもに対して暴行を働いた者は最も忌み嫌われる。犯罪者からも軽蔑や憎悪の対象となる。
 そういった、いわゆる変質者の情報は、彼が刑務所に収監されるときにほかの懲役者たちにも流され、終身刑を受けた者が率先して変質者を殺してしまうそうである。それも、彼がやったのと同じ方法で。
 また、それに対して警察も刑務官も見て見ぬふり。闇から闇へと葬られるだけだというのだ。
 ほんとにそうなのかは私にもわからないが、子どもを強姦した犯人を住民たちが見つけ出し、警察が来る前に殺してしまったという話は実際にある。
 二度と世の中に出てくることはないという意味は、必ず誰かが彼を殺してしまうから、ということだ。

 もちろん日本ではそうはいかない。
 犯人を捕まえた後は、もちろん法制度によって裁かれる。だけど、トルコとは違ったかたちでの「闇から闇へ」の秘密主義。加害者の人権が守られるのは仕方がないことだとしても、被害者側の思いは断絶されてしまうだけである。
「犯罪者にも人権はある!」
 そう主張し、手錠をかけられた映像にはモザイクを入れ、犯人の人権を保護したつもりになっている日本の法制度に問題はないのか。

 トルコでは、子どもを対象にした犯罪が極めて少ない。その点でも日本とは大違いである。
 理由は「イスラム圏だから」ということだけではないはずだ。




 
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