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うちの母親は今年で72歳になった。本人は若ぶってはいるが、脳ミソはしっかり老人のもので、今までの記憶だけでいっぱいいっぱい。新しいことを覚えようとしても、なかなか頭に入っていかないみたいだ。
そして、いったんインプットしたことは改訂がきかない。
特にカタカナに弱いみたいで、ガードルのことを「コールセット」と呼ぶ。コルセットではなくコールセットだ。一度そう覚えてしまったら、いくら言われてももう直らない。
また、和歌山県人にありがちの癖で、名詞に不必要な濁音が入る。たとえば、焼き鳥のことを「ヤキドリ」、カツラのことを「カヅラ」という具合に。
しかし、ユニクロを「ユニグロ」と言ったときはビックリした。会社名でも何でも自分なりに変化させてしまう、恐るべき和歌山県人である。
もともと濁音に弱い和歌山県人は、体を「カダラ」と言ったり、雑巾を「ドウキン」と呼んだりする。
私は和歌山にいた頃、オレンジロードという雑誌社に勤務していたことがあったのだが、この名前をちゃんと発音できるのは社員の半数くらいであった。たいてい「オレンジローロ」か「オレンジドーロ」になってしまう。
もちろん、うちの母親もそうである。大阪出身のくせに、長く和歌山に住んでいるうちにそうなってしまったみたいだ。
「ジバングでキップ買うたら、ディスカバーになるやん」
いったい何を言っているんだろうと思ったら、ジパングというJRの高齢者対象のチケットならディスカウントされて安くなる、ということであった。
いくら訂正をしても形状記憶合金のように、一度覚え込んだものに戻ってしまう。加齢によるボケは、柔軟性とは真逆にあるものである。
しかし、そんなに年をとっていないのに、どうしてなんだろうと思う人に時々出会う。
私はもう15年以上、女優の大地真央と仕事をしているのだが、大地真央は読んで字のごとし「ダイチマオ」である。でも、それを「タイチマオ」や「タイジマオ」と呼ぶ人がいる。
私が「ダイチさんは」と言ってるのに、「ああそうなの、タイチさんって」と切り返してくる。
「ダイチ、だよ」
そう確認すると、
「わかってるわよ! タイチマオでしょ」
何なんだ、この頑なさは。まるで外国人と話しているようである。
かつて太地喜和子(タイジキワコ)という素晴らしい女優がいた。確か彼女の父親か母親が和歌山の太地町の出身で、それを芸名にしたと聞いた。
どうもそれと混同するのか。
そう言えば、「タイジマオ」と呼ぶ人の大半は「ダイチキワコ」と呼んでいたなぁ。
しかし、たとえば西田敏行を「ニシダビンコウ」とあえて言ってみたり、誰も縮めて呼んだりしない香取慎吾を「カトシン」とか、自分だけの呼び方をしている人が時々いる。
きっとそのことによって、芸能人が身近に感じられるのかもしれない。決して友達になったり恋に落ちたりしなくても、いつも心のそばにいる気分なんだろう。
でもそれにしても、ちゃんと名前を呼んでもらえないって悲しい。
私の名前は及川眠子(オイカワネコ)で、これはもちろん筆名である。そして、うちの母親は「オイカワネムコ」とずーっと人に言っている。だから、母親の友達は私のことを「ネムコさん」と呼ぶ。
年寄りだから仕方がないかとずっと無視していたのだが、先日ついにたまりかねて、
「ネムコと書いて、ネコと読むんだよ」
そう言ったら、
「知ってるよ」
あっさり答えられてしまった。
知っているのに、どうして正しい名前を人に教えないのか。まったくもって不思議な脳ヂカラである。
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