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2004年11月13日(土)
65.匿名の悪意

「私から聞いたって言わないでね」
 そう前置きされて言われることには、たいていその人自身の想いも込められていることが多い。
 単なる情報を伝えるだけなら、誰から聞いたかわかってもさほど問題はないだろうけど、情報元を知られてマズいというのは、やはり何らかの感情がそこに混じっているからである。

 インターネットの普及に伴って、あらゆる人のメッセージや意見などがどんどん世の中に出るようになった。どんなにエグいことを書いていても、ハンドルネームを使ったり匿名にしてしまえば、素性が知られることはない。何を書き散らかそうとお構いなしである。

 しかし、掲示板や自身のホームページ(もちろんハンドルネームで運営しているもの)やらですっごーく辛辣なことを書いている人ほど、実際に会ってみると、大人しくていい子たちだったりするのである。
 だからこそなのか、いったん別の名前を使ってしまえば、いきなり別の人格に。決して面と向かっては言えないような罵倒を、相手に投げかけたりする。

 私の名前『及川眠子』も筆名であり、物書きである私は、紙の上で及川眠子というキャラクターを演じているようなところもある。
 しかし、本名や過去の経歴を出さずとも、事実存在している『作詞家・及川眠子』として顔出しもするし、私宛てに来た批判もお叱りもきちんと受け止める覚悟がある。
 それは言い換えれば、自分の考えを一方通行のままにしたくないからである。不遜かもしれないが、誰かに共感を与えたい、励ましたい、慰めたい…そんな想いが常にある。
 じゃなければ、こんな商売なんてやれないのである。

 でも、ただのペンネームやらハンドルネームやら、私にとっては「匿名希望」と言ってるのと変わらない人たちは、ただ自分の意見を相手に押しつけたいだけ。決してコミュニケーションを求めるわけでもなく、また批判にも耐える心を持たない人間が多いと感じられる。
 匿名を名乗るすべての人間がそうだとは限らないが、とにかく自分の中に澱のように溜まった悪意を、自分が侵入されない範囲外の人相手に吐き出したくて仕方がないみたいなのである。
 よく罪を犯してしまった人間や被害者の家族宛に、匿名で嫌がらせの手紙が届くのを聞く。まさにそういった人間の典型的な例である。
 あるいは、特に有名人のホームページのBBSに、罵倒の言葉を書き散らしていく人間もそうである。

 もちろん、私のもとにも届く。
 私は自分では有名人だとは思っていなくて、ただ名前が世の中に出るスタッフの一人だという認識であるが、それでも自分の好きなことを職業にして今まで来られた。
 それがムカつくのか、私に何らかの影響を与えてみたいのか。それとも、誰でもいいから、気持ちを乱したり傷つけたりしたいだけなのか。
 私の詞にはこういう部分が足りない、誰々の真似だ、やり方を変えた方がいいなど、高みからの意見がばんばん投げつけられる。

 中にはストーカーまがいか、と言いたくなるようなものもあって、それは「あなたのプライベートをすべて知ってますよ」という内容だったりするのだが、結局彼ないし彼女が「これだけ知ってる」と綴ってくることは、私のホームページや本に書かれていることばかり。
 そんなことで脅したって、笑っちゃうよーって感じ。

 そして、たいていの場合に言えるのだが、私の書いた詞やエッセイをぼろくそにけなしたり、私の生き方自体を批判したあと、最後に必ず「お仕事頑張ってください」と書いてくるのだ。もしくは、「ちょっとキツいことを言い過ぎちゃってごめんなさい」と謝ったりもする。
 相手の小心さが伺える一言である。
 まぁほんとに悪いヤツというのは、わざわざ匿名で人に嫌がらせをするような面倒くさいことはしないだろうしさ。

 しかし、匿名でどんなにわめいてみても、結局は世間に顔を出し、名を名乗って言いきれる人間の勇気には敵わないのである。

 言ってやったと本人は思っていても、傷つくどころか鼻にもひっかけられていないことが多い。人の心を変えようと思うなら、自分も傷つく覚悟で相手と対峙すべきなのである。
 また、お友達になりたいのなら、ハンドルネームではなく、きちんと本名を名乗るべきである。
 じゃなきゃ、ネタに使われちゃうだけしね。




 
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