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このあいだ、いつもよく行くフレンチ・レストランに予約の電話をかけた。
電話に出たのは聞き覚えのない声で、たぶん新しい人が入ったんだろうなと思っていたのだが。
及川で明日の7時に3人予約お願いしますと言うと、下の名前も教えてくれと言う。
「及川ねこです」
「及川みどり、様ですね」
「いえ。及川ねこ、です」
「及川みほ、様」
「違います。ね、こ」
「ニ、コ、ル、様」
なぜいきなり外人になるんだと思いながら、
「アメリカン・ショートヘヤーとかチンチラとか種類があって、ニャーニャー鳴く小動物はなーんだ?」
まさかなぞなぞをするわけにもいかず、どうやって説明しようかと困って黙りこんでしまったら、向こうから、
「すみませんっ。ローマ字でお願いします!」
そう言ってきたので、N,E,K,Oと告げた。それも何度もくり返して。
で、次の日。そのレストランに行って、オーナーに会った途端、
「あれっ? 及川さんじゃないですか。予約入れてくれてたんですね」
そう言われてしまった。いったいどんな名前で伝わっていたのだろう。
彼の耳が悪いのか、それとも私の発音が良くないのか。
私は経営者であり自由業者でもあるので、接待をしたり本を買ったりするときには領収書が必要で、その場合は宛名を『及川』で書いてもらうようにしている。
「どんな字ですか?」
たいていそう訊かれるのだが、「普通の及川という字」という言い方をすると、ほぼ半数の割合で『追川』と書かれてしまう。
「違います。及ぶ(およぶ)に、川です」
そう訂正すると、なぜかまた半数くらいの確率で『泳川』、つまり泳ぐ(およぐ)という字にされる。
それじゃ『えいかわ』じゃねぇか、『おいかわ』だって言ってるだろ、とムカつく気持ちを抑えながら、結局は自分で書くことに。
ほんとは会社の正式名称『及川眠子事務所』で領収書をもらった方がいいらしいのだが、すでに『及川』でつまずいている人間にとって、「眠るに子供の子という字」の『眠子』なんて名前はおおよそ人間がつけるものではなく、パニックに陥ることが目に見えている。
そう言えば。以前CDを買ったとき、そのアーティストにサインをしてもらうため名前を説明したら、思いっきり『寝子』と書かれたしまったことがあった。それ以来、私は誰にも自分の名前を入れてサインをしてもらったことがない。
インパクトがあって、いい名前だと自分では思っているのだが、普段の生活では困ったことも多いのである。
また、横文字のすかした会社名なんて「けっ」という感じだし、でもそうじゃない名称を考えるのも面倒くさかったので、あっさり『株式会社及川眠子事務所』としてしまったのだが、領収書をもらうときの手間を考えれば、『株式会社上(うえ)』という名にしておけばよかったと思う日々である。
しかし、私の友人で、領収書をもらうときに宛名を訊かれ、
「はい、上(うえ)で結構です」
と言ったら、宛名が『ハイウエー』様になっていたという、思わずおまえ話を作っただろうと言いたくなるようなこともあったらしい。
要するに、領収書を書く側の知能指数の問題ってことか。
最近では、財布の中に『及川』と書いた紙を入れておいて、どういう字かと問われる前に、
「こういう字です!」
と見せるように工夫をしている。でも、そんなことをしても時々は『乃川』になっていたりする。
耳だけではなく、目が悪い店員も多いのである。
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