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2004年10月10日(日)
ギャルおばはん みたび

年をとるというのは、体型を三角形にすることだなとしみじみ思う。どこに行った?私のウエスト。時間よ返せ、私のくびれ。

前回、ギャルおばはん条件の一つして「独身。もしくは結婚していても子どもがいない」というふうに書いたが、ちょっと違うような気もしてきた。
以前テレビで「友達親子」みたいな番組をやっていた(まだやっているのか?)。娘連れで歩いている母親を街で見つけて、年齢を当てるとかいうようなやつだ。
たいていの母親は娘と同じような格好をしていて、つまり思いっきり若作りをしているわけだが、
「ええ ! そんな年齢に見えない!」
下手すると10歳も20歳も若く見えて、ゲストも会場も大絶賛。…というような主旨であった。

でもな。
出演している母親はほぼ私と同年代。若者にはわからなくても、同年代の同性はちゃんと見抜くのだよ。
どんなに気張って手入れをしても、首の皺・たるみは絶対に隠せない。きちんと年相応が表れている。頑張ってシェイプしても、エステに通いまくっても、首だけはどうしようもない。
あと、肘・膝にもしっかり年齢が出る。自分ではなかなか気付かない部分なだけに、ついうっかりで手入れを怠ってしまうことが、よけいに実年齢を暴露させる。
だけど、若作りをしていることをべつに否定するわけではないよ。私だって、ウエストがただの腹と呼ばれるものになってしまっても、ぶりぶり若作りで頑張っているわけだし。

私がわざわざ『ギャルおばはん』と名付けて攻撃しているのは、もっと内面的なこと。なんで近頃のおばはんはこんなにも幼稚なんだ、きちんと大人の女になれないんだ、ってことだから。
そういった意味で、番組に出ている母親たちをなんとなく気持ち悪く感じてしまうのは、あのはしゃぎようと言うか、自分たちの娘と同じエリアで媚びを売っている感じなんだよな。

確かに、若いタレントに
「いやぁお母さん。若いし、きれいですよねぇ」
と言われれば、当然嬉しいさ。
でも、何か違う。何が違うかと訊かれてもちゃんと説明できない、ただ妙な違和感だけが心の中に残ってしまうのだ。

「この人たち、自分の子どもにちゃんと親だと思われているんだろうか?」
そうそう。そんな感じの、心配や不安までにも至らない違和感だ。
娘たちと同じテリトリーの中にいて、いつまでもきゃあきゃあ言っていたい、男にもちやほやされたい。でも、無理があるのも薄々は感じている。だから、よけいに背伸び(背縮みか)をする。
でもって、そのしっくりいかなさを拭うためにも、娘とも『お友達』感覚で付き合ってみたりする。
結果、実年齢と中身が伴わない、中途半端な母親が出来上がる。中途半端な母親は、中途半端な友達でもある。
…私の説明にもずいぶん無理があるけど、そういう『お子ちゃまママ』を演じている感じが、きっと私の五感にフィットしないんだろうな。
よって、子どもがいてもギャルおばはんになるってことで、これが結論。

私の友人に言わせれば、「自分がおばさんだと認めてしまったら最後」なのだそうだ。
 私ってもう若くないのねと自分で認めることによって、『おばさん坂』をどんどん転がり続ける。転がっていくあいだに、羞恥心とか緊張感とか、そういったものがぽろぽろこぼれ落ち、ある日気が付いたら立派な中年女になっている。行き着くところは彼岸まで。
 だから、自分はまだ若いんだ、まだまだイケるんだと自分に信じ込ませて、なんとかギリギリのところで「女である自分」をキープさせるんだそうだ。

 きっともう誰もナンパしてくれないだろうし、電車の中で痴漢に遭うことさえもないかもしれないけど、それでも日々自分を演出することに命を賭ける。女って大変だよなぁ。

 だけど、そういう生き方は理解できても、なぜその想いが極端になってしまうのかがわからない。
 女をキープするということは、べつに女の子の真似をすることではないはずなのに。
 若く見られたいがゆえに、娘のような格好や物言いをするのは、滑稽さを誇張するだけだ。
 また、おばさんになりたくないからと、精神的な成長までも止めてしまうのは、人としてのバランスの悪さを露呈する。

 よーく見れば、眉間や首には深い皺。せいぜいが5歳若く見えるだけなんだからさ。
「あんた、しっかりバレてるよ」
 耳元でそっと囁いてやりたい。




 
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