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2004年10月6日(水)
57.ギャルおばはん ふたたび

 このあいだ、向こうから妙に若作りしたおばさんが歩いてくるなと思って眺めていたら、鏡に映った自分の姿だった。とほほ。

 私も『ギャルおばはん』なんて他人を罵倒できないくらい、一生懸命若作りをして頑張っている。
 私の場合、中身はしっかり年相応なのだ。年相応だと自分では思っているんだけど、幼稚なおじさん・おばさんが増えた今、下手すると10歳くらい実年齢より上に見られてしまう。
「及川さんはしっかりしてるから」
 40歳もとうに過ぎて、今さら『しっかりしてる』なんて褒め言葉をいただいても悲しいだけだ。

 しかし、時々幼稚を通り越して、この人たち基本的に頭が悪いんじゃないかと思ってしまうこともある。
 ぬいぐるみを見ても、宝石を見ても、着物を見ても、何でも『かわいい』という表現の仕方。以前、フレンチ・レストランに行ったとき、出てきた皿を見て「あら 、かわいい!」と言われたときはびっくりした。
 あれは若い子を真似ての言い方なのだろうか。それとも、もともとそれだけの表現力しかないのだろうか。

「今日はすっごく淋しい気分でね、アーンド、ゆううつなのよ」
 なんだ、その『アーンド』というのは?
「ってことで、よろぴくね」
 やめろーっ! いい年して『よろぴく』なんて言うのは。まだコンビニ・ファミレス会話の「 でよろしかったでしょうか?」や「 の方」という言い方の方がましだ。
 ましてや、『よろびく』なんてすっかり死語である。古びた言葉をそうと気付かずに堂々と使ってしまってること自体、すでに若者ではない証拠である。

 若者仕様の流行り言葉(それもすでに古くなったもの)をわざと使う、というのもギャルおばはんの生態の一つであると思うのだが、私は最近、ギャルおばはんの条件を発見したね。

 まずその一。実年齢を絶対に言わない。
「で、あなたは何歳だったっけ?」
 そう訊かれると、必ずと言っていいほどはぐらかすか怒る。さらに、自分の年齢をバラすヤツを憎む。

 その二。独身か、もしくは結婚していても子どもがいない。
 子どもがいないから、自分はいつまで経っても少女のままだと信じ切れるんだよな。子どもがいれば案外、その成長とともに自分も年をとっていってるって感覚が生まれるんだけど。
 また、子どもがいない同士は仲良くなる機会も多いから、周りは自分と同様の人たちばかりだし、気付かないってことも大きい。

 その三。「アタシってもう若くないし」とわざと人に言う。
 要するに、「そんなことないよ」と言われたいだけ。この言葉で人を試してるんだな。そんでもって、そんなことないよと言われれば「ほぉ ら!」と有頂天になる。周りはお世辞を言ってるだけなのにさ。

 その四。甥や姪に名前やニックネームで呼ばせる。
 絶対に「おばちゃん」とは呼ばせない。だって、自分はおばちゃんじゃないから。

 その五。男をすべて恋愛の対象に見てしまう。
 カルチャー・スクールの講師も、ジムのインストラクターも、会社の同僚たちも、出入り業者も、バイク便の配達も、ぜーんぶ自分にとって何か意味のある男に見える。
「キムタクみたいなディレクター、いないかしらね?」
 そう言ったギャルおばはんの同業者もいた。キムタクに似たのがいたからって何なんだろう。確かに、どうせ一緒に仕事をするならブサイクなのよりはハンサムくんの方がいいに決まっているけど、
「えっ、だって恋に落ちるかもしれないし」
 恋に落ちるために仕事をやってんのかよ、と言いたくなるぜ。ま、そうなんだろうな。

 その六。髪の毛の先から爪先まで、一応気を遣っている。
 でも、その気の遣い方が変。おばさんになりたくない、人におばさんに見られたくないと、その執念だけでやたら外見に気を遣うのだけど、年齢を感じさせないおしゃれと、無理矢理な若作りをどこかで履き違えてる。
 そんなおばさんって、いっぱいいないか?

 で、こういう条件をクリアしてはじめて、中身の幼稚さも生まれるのだ。あれっ?反対か。中身が幼稚だから、こういうふうになっていくのか。
 そんな女たちと待ち合わせて、フレンチやイタリアン・レストランでランチを食べる。周りは着飾った奥様たちでいっぱい。
「マダムって優雅でいいわよねぇ」
 向こうからすれば、私たちもマダムに思われていることに気付いていない。
「でも、みんな若作りしちゃって変よね」
 あんたの今日の服装の方が、周りの奥様たちよりうーんと若作りなのがわからないか。

 げに恐ろしき女の自意識である。つづく。
 …って、ほんとに続くのか?




 
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