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私が子どもの頃、蔑称と言うか、からかい文句の一つに『おとこおんな』という言葉があった。今で言う『フェミ男くん』だろうか。要するに、男のくせにナヨナヨしてる、女みたいな子のことだ。
10年くらい前には、駅や会社で腰に手を当てて栄養ドリンクを飲んだり、傘をゴルフのクラブのように振り回したりする、まるでオヤジみたいな女の子のことを『オヤジギャル』と呼んだり、周りの目なんてまるでお構いなしに、図々しく生きてるおばさんたちのことを『オバタリアン』と呼んだりするのが流行った。
そう言えば、最近はオヤジギャルやオバタリアンという言い方はあまり聞かないな。フェミ男くん、アッシーやメッシーもあまり言わなくなった。
ついこのあいだまで、あんなに世の中をぶいぶい言わせてた『ヤマンバギャル』だって、もうすっかり寂れた感じだ。
それは、新しい人種がどんどん増え続けているせいなのだろうか。流行り言葉が死語になるまで、時間はさほどかからない。
しかし反面、誰も気付かないけれど、実はひそかに増殖している人種がいる。
私はそれを『ギャルおばはん』と名付けたい。
これはその名のとおり、いつまでも自分を若いと信じきっていて、まるでギャルのように振る舞うおばはんのことなのだが、私の周りには結構このテの人たちが多い。
もう40歳もしっかり過ぎて、腹には贅肉があふれ、目尻の皺もたるみも隠せないのに、精神性だけがそれについていっていない。
街角で見知らぬ子どもに「おばちゃん」と呼ばれようものなら、きぃーっと目をつり上がらせ、
「おばちゃんじゃないでしょ! おねえさんでしょ!」
ガキは泣きそうになって怯えている。私にすれば、子どもほど正直に真っ当に世の中を判別できる存在はいないと思うんだけどな。
まだ自分は20代のぴちぴちギャルと同じ。いや、ちょっと年齢はくっちゃったのかもしれないけど、まだまだ負けてないわよって感じなのか。
確かに、今どきの40・50代は若く見える人が多い。昔みたいにおばさんになったから子どもがいるからと言って、年齢相応の格好をしなきゃいけないっていう決まりもないし、お金に余裕のある人はエステに通ったり、おしゃれを楽しんだりもできる。
でも、客観性を磨けよと思っちゃうんだよなぁ。
40代の二の腕にフレンチ・スリーブは明らかに変だし、パールが入った明るいピンクの口紅は、顔のそこだけが思いっきり浮いて見える。ましてや、おばさんのナマ脚なんか悪いけど誰も見たくない。
若い男の子にからかわれて「いや ん」とか「やっだぁ 」なんて言ってるおばさん。「えぇ アタシ、わっかんな い」ですべてを済ませようとするおばさん。
年齢に対する自覚が欠けているというのか、自分がすでに『下手すると気持ち悪い存在』になりかけているのにも、まったく気付いていない。
誰か言ってやれよ! あんたらは立派なおばさんだってよ。
日本人は歳をとるのが遅いってよく外国人が言うけど、それは精神的な成長も遅いからだと思う。要するに、いくつになっても幼稚なのだ。
昨今の成人式では、成人したバカガキどもが酒を飲んで暴れ放題、式典のあいだ中ケイタイを鳴らしっぱなし、なんてのはテレビでももう見飽きちゃったくらいだが、あのガキどもの親がちょうど40・50代なんだよな。親が年相応に育ってないのに、ガキが成長するわけないわな。
でも、まだ子どもがいる場合は、子どもの友達に「○○くんちのママ」や「おばちゃん」と呼ばれて、ああ自分もおばさんになったんだなぁという自覚も芽生えるが、子どもがいない女の場合は、女はいつまで経っても女である。
そして、時にいつまでもギャルのままである。
「すっごーくお金持ちの人が現れて、私にプロポーズしてくんないかな」
本気か? 本気で言ってんのか?
厚かましいにもほどがあると言いたいのだが、夢見がちな心は年齢や世間の評価では変えられないらしい。
「遺産がっぽり持ってるジジイを騙せないかな」
「うちのダンナに保険金をかけて、何とかできないかな」
これならわかるぞ。
でも、お金持ちの王子様は、やっぱり若くて可愛い『ほんまもん』のギャルが好きだと思う。
なぜそんな女が増えたのだろう。
八百屋の店員に「奥さん」と呼ばれ、「奥さんじゃありません!」と言い返した上で、無理矢理「お嬢さん」と呼ばせているおばさんを目撃したこともある。店員は最後まで彼女と目線を合わそうとしなかった。
やっぱり、みのもんたがいけないのか?
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