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2004年9月6日(月)
47.飛行機なんかに負けないっ!

 飛行機が怖い、という話の続きである。

 この飛行機恐怖症さえなければ、私はもっとお気軽に旅行を楽しめただろうと思う。
 海外の場合は、もう仕方なしに飛行機を利用しているのだけど、国内だと新幹線が走ってるところしか行かないもんな。だから、九州や沖縄にも行ったことがない。北海道は三度ほど行ったが、仕事絡みや友人に誘われてだったから、自分の意志で行ったわけではない。
 たとえば、もしヨーロッパあたりまで新幹線が走っていて、何日もかからない程度の時間で着くんなら、間違いなくそっちを選ぶ。多少料金が高くなっても、倍の時間がかかっても構わない。飛行機に乗らないですむのなら、それに超したことがない。

 ああ旅行に行きたいと思い立ち、まず旅行の日程を決めたら、次に飛行機のチケットを手配する。その瞬間に、飛行機に乗らなきゃいけないというプレッシャーで、思いっきりユウウツになる。リムジンバスに乗り込み、成田に向かう頃にはもう心臓がばくばく言っている。
 以前は前日からとにかく眠らず、空港でアルコールをあおり、そのまま飛行機に乗り込んだものだ。私の場合は離着陸が怖いので、とりあえずその瞬間だけでも眠ってしまおうと。
 ところが、どんなに寝こけていても、離陸前のエンジンの「ゴーッ!」と回る音で「パチッ!」と目が覚めてしまう。そのあとは上空に上がるまで、とにかく自分の中の恐怖心と戦うのみである。
 とにかく気を紛らわそうと雑誌をパラパラとめくってはみるが、当然ながら何も頭に入ってこない。隣の人が話しかけてくれても、ちゃんと会話をすることさえできない。でも、何かしようと思う気持ちから、靴下を脱いだり履いたりしてみたり、スカーフをいろんなかたちで結んでみたり。周りから見ればちょっと変な人になっているかもしれない。
 せめて音楽が聴けたり、ケイタイでメールができたりすると、少しは気が休まるかとは思うのだが、それはもちろん禁止されているし。
 当然ながら、窓から見える景色、どんどん小さくなってゆく山や川や街並みを眺めている心のゆとりなんて持てるはずがない。ひたすら、ただひたすら早く上空に昇ってくれと願うのみなのだ。

 もとスチュワーデスの友人が、そんな私を励ますために、
「飛行機の事故は、その95パーセント以上が離着陸の16分間に起こっているの。上空に昇ってしまうと、気流で飛行機が墜ちることなんて絶対にないから、たとえどんなに揺れても平気なのよ」
 と言ってくれたが、それを聞いたためによけいに離着陸が怖くなってしまった。離陸5分、着陸11分の時間は、私にとっては地獄に等しいのだ。

「あんな鉄の塊が飛ぶわけがないじゃない!」
 そう言って飛行機を嫌う人もいるが、私は一応、飛行機恐怖症を克服しようとあらゆる飛行機に関する本を読んで、飛行機の構造も理解しているつもりだ。
 ただ、どれだけ理解しても、怖いものは怖い。

「もし飛行機が墜ちちゃったら、痛いとか怖いとか感じる暇がなく、一瞬で死ねるからいいじゃない」
 でも、死ぬことが怖いわけでもないのだ。
 人はいつか必ず死ぬ。飛行機事故で死んだ場合は、補償金もいっぱい入ってきてむしろラッキーである。
 私の場合、この飛行機恐怖症のもとになっているのは、墜ちて死ぬということより、逆に「生き残ってしまったらどうしよう」という気持ちなのである。
 すぐに助け出されるのならいい。でも、もし山中やジャングルをさまよう羽目になってしまったら・・・・。もし無人島に一人きり流れ着いてしまったら・・・・。
 そして頭の中を、映画『生きてこそ』や『キャスト・アウェイ』のシーンが流れてゆく。
 そう。私の恐怖心はすべて、この「考えすぎ」が原因なのである。
 わかってるんだよなぁ。わかってるんだけど、どうにもならない。怖いという気持ちは、どんなにしたってなくならないのである。
 想像力の逞しさがよくない方向に使われている、典型的な例である。

 私の友人の中には、離陸時に飛行機の車輪が折れて胴体着陸を経験した人や、ものすごい気流で飛行機が下降して、そこらへんに置いてあったものが全部飛んで行っちゃったのを目撃した人や、着陸時に飛行機が止まりきれずフェンスに激突したことがある、という人たちがいる。タッチ&ゴーなんて、さほど珍しい経験ではないよと言う人もいる。
 私はそこまで怖い目に遭ったことがない。遭ったことがないからこそ、よけいに妄想が膨らんでしまうのかもしれない。だって何度も大事故になりかけたり怖い思いもしているのに、車での移動は何とも思わないもんなぁ。

 でも、そんな私なのだが、上空に乗ってしまえば全然平気になっちゃうのだ。
 トルコなんて12時間かかる。退屈で退屈で、たまには気流で揺れればいいのになんて思っちゃったりする。そうやって図に乗っているかと思うと、着陸時にはまた恐怖でプルプルふるえだす。

 3年ほど前、ベトナムのハノイからサイゴンまで飛行機に乗ったことがある。国内の移動は車でと決めているので、旅行代理店にそう言ったら、
「うちは受けますけど、1日14時間走り続けても8日はかかりますよ」
 そんな返事が戻ってきて、あきらめて飛行機に乗った。
 ちょうど雨期の頃。着陸寸前、「ピシッピシ」と機体が音を立てたかと思うと、ものすごい勢いで「すとーん」と墜ちた。
 その瞬間「ギャー!」と叫び、逃げだそうとするのだが、腰にはしっかりシートベルトが巻かれている。なので立ち上がることさえできずに、ただ手足を振り乱しジタバタもがくだけ。そのとき隣に座ったアメリカ人に、
「大丈夫。大丈夫。ちゃんと座って。はい、息を吸って吐いて・・・・」
 必死に介抱されてしまった。
 トルコのイズミールからイスタンブールへのときには、揺れてもいないのに突然『生きてこそ』の気持ちになり、スチュワーデスに「怖いから隣に座って」とお願いした。
 先日も、離陸時に飛行機がすごく揺れて、隣に座った見知らぬ人の腕をつかんでしまったところである。

 どうしたら飛行機が怖くなくなるのか、会う人ごとに訊ねてみるのだが、もともと飛行機が怖くないという人には、気持ち自体がまったく伝わらず、同じく飛行機恐怖症の人とは、ただ慰めあってしまうのみである。
「スチュワーデスの制服を着て飛行機に乗り、自分はスチュワーデスで、これは私の仕事だから全然怖くないよ、というふうに自分を騙してみるのってどう?」
 と、まぬけな案を出してくれた人もいた。
 たとえパイロットの制服を着ても、きっと怖いと思う。

 しかし、今こうやって書いていてふと気付いたのだが・・・・。
 飛行機が離着陸しているあいだって、空港の近くにいるよな。つまり、都市部の近郊に墜ちるんなら、ジャングルをさまよったり無人島に流れ着いたりはしないよな。
 なのに、どうして離着陸が怖いんだ?
 そんな矛盾した恐怖心を抱かせる、飛行機はやっぱりきらいだーっ!




 
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