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2004年8月29日(日)
44.私がいちばんコワイもの

 コワイと感じるもの。それは人によって全然違うみたいだ。
 地震が怖い人。雷が怖い人。オバケが怖い人。高い建物が怖い人。爬虫類が怖い人。ジェットコースターが怖い人。もしかしたら、ほんとにまんじゅうが怖い人だっているかもしれない。

 私が東トルコに行くと言ったとき、
「どうしてそんな怖い場所に行くの?」
 とトルコ人にまで訊かれてしまった。
 イラク戦争の真っ最中にも、また、イスタンブールでの同時テロ直後にもトルコに行ったのだが、なんでわざわざ『戦地』にと言う人までいた。
 イスタンブールとバクダットは、東京と平壌よりも離れているんだよと言っても誰も納得してくれず、ただの好奇心の強いバカだと思われていたみたいだ。

 しかし、「怖くないの?」と訊かれても、実際に爆弾が落ちているのは隣の国だ。ここにいる自分にミサイルが飛んでくるとは思えない。
 だって、テポドンが日本を向いていると言われたって、それに怯えながら暮らしている人なんていないでしょ? それと同じことである。
 恐怖なんて、現実の戦地に行かなければ味わえないものなのである。

 と思っていたら、東トルコの街ディヤルバクルに行ったとき、市街ではトルコ軍とPKKの銃撃戦に遭遇した。
 私がディヤルバクルに着く前夜には市街地のど真ん中で銃撃戦が繰り広げられていたらしいのだが、その後PKKのグループは山の方に移動。
 で、それを軍が円のかたちで取り囲むようにして出られないようにし、上空からはヘリコプターが睨みをきかせ、さらにコマンドが中に入っていく、という体勢で戦っていた。

 私が泊まったのはクラスホテルという5つ星のホテルで(もっと安いホテルにしようと思っていたら、危険だからダメだと、知り合いのポリスの幹部に無理矢理クラスホテルに連れて行かれた)、ディヤルバクルの旧市街の真ん中に位置する場所にあるのだが、時折どこかで「パンパン」という乾いた銃声が響き渡り、そのたびに「どこだどこだ」という感じで窓を開けて見ていた。
 その窓にもしっかり銃弾の跡があったが、まさか自分には銃弾は飛んで来るまいと思っていたし、また、街も普通に稼働して、私自身平気であちこち歩き回っていた。
 市街地にはポリスがたくさん見張りに立っていて、
「いいレストラン知らない?」
 なんて、ノー天気に訊ねたりもした。(ポリスもちゃんと教えてくれた)
 怖い、という気持ちはまったくなかった。
 これがもし銃撃戦ではなく、イラクのようにばんばんミサイルが降ってくる状態だったら、また違ったのかもしれないなぁ。

 夜は危険だから絶対に外に出ちゃいけないと言われ、仕方なくホテルのレストランで夕食を食べていたのだが、ちょうど結婚披露のパーティーをやっていた。花嫁はべろんべろんに酔っぱらっていて、延々とダンスを踊り続けていた。
 音楽が鳴りやんだその瞬間にも、どこかでまた「パンパン」という乾いた音。しかし、誰も気にすることなく、12時近くまで騒いでいた。
 人々の生活は、たとえ戦争をやっていても続いているのである。

 そのときに、トルコの西海岸に住んでいる家族と知り合いになったのだが、「イスラエルに行ったときは全然怖いと思わなかったのに、ディヤルバクルはものすごく怖い」
「あなた(私のこと)が怖いと感じないのは、トルコのことをよく知らないからだよ」
 と言われてしまった。
 知識があることで恐怖心は増すのか、それとも減るのか、私にはわからない。ただ、私が遭遇した銃撃戦で言えば、恐怖心より好奇心の方が明らかに勝ったということだけは確かだ。

 そう言えば。
 以前、台湾に行ったとき、友人にブランド品の時計を買ってきてと頼まれた。それもただのブランド品ではなく、ブランドのコピー品である。もちろん、台湾では違法である。
 日本人がよく行くような土産物屋に行き、そこで「時計が欲しいんだけど」と耳打ちすると、すぐさま
「コピーか?」
 そう訊かれ、別の建物に案内された。

 表側はしっかりシャッターが閉まっている建物の裏口から人を呼びだし、鍵を開けてもらい中に入っていく。品物が置いてあるのは地下室なのだが、1階の扉は二重扉になっており、さらに、地下室に続く階段の上には、階段を隠せるような隠し扉が付いていた。
 つまり、警察に踏み込まれたとき、その隠し扉で階段を塞いでしまい、地下室なんてないように見せる仕掛けだ。
 結局そこでは欲しい物が見つからず(と言うより、タイのチェンマイの夜店で売っている物とほとんど同じだった)、何も買わずに帰ってきたのだが、帰国後友人にその話をすると、
「え っ! そんな怖いところによく行くよ!」
 びっくりされてしまった。でも、そのときも私は怖いという感情は一欠片もなかった。
 私は鈍感なのだろうか。

 しかし、今回のトルコ旅行の最後。成田空港に降り立つ直前、飛行機がものすごく揺れた。着陸時にこんな揺れを経験したのって初めてじゃないか、というくらいの激しい揺れだった。ものすごく怖くて、思わず隣に座っていた見知らぬ女性の腕をつかんでしまったほどである。
 そう! 私がこの世でいちばん怖いものは飛行機なのだ。飛行機に乗ることの恐怖を考えたら、あとは何だってへいちゃらだ。

「私、飛行機大好き! 特に離陸するときの感じがたまらなく快感!」
 そんなことを平然とのたまう人に、畏れと尊敬心を抱いてしまう。おまけに、そんな人ほど、
「トルコってテロとかあるし、イラクも近いし…」
 そんな怖い国になぜ? と不思議そうに言ってくれる。

 恐怖を感じるものは、人それぞれなのである。

※「銃撃戦に遭遇」のもようはこちら




 
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