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もうずいぶん前の話になるが、不倫を噂されるカップルがいた。二人とも同じ職場で働いていて、男は既婚者の子持ちで、女は独身だった。
どうなんだろうねー、ほんとにデキてんのかねー、とみんなで面白半分に話してたもんだ。
ある日曜日、吉祥寺のデパートを一人でふらふら歩いていると、なんと向こうからその噂の二人が歩いて来るではないか。手をつないだり腕を組んだりはしていないものの、妙にべったりと寄り添って仲良さげである。もう見るからに「いかにも」な二人である。
しかし、人間というものは不思議なもので、こっちはやましいところは全然ないのに、そういう場面にばったり出くわした途端、見つからないようにコソコソと物陰に隠れてしまった。
「なんでよー。私は全然悪くないんじゃんよー」
あとで自分にめちゃくちゃムカついたけど、きっと本能が咄嗟にそうさせたんだろう。
見てはいけない。見たら面倒臭いことになってしまう。だから、私は関係ない人。たとえあなたが気付いても、どうか無視してちょうだい。・・・・てな感じである。
私の住んでいるところは東急東横線沿線にあるのだが、以前電車に乗ったときに、妙に騒々しいと言うか、キャピキャピしたカップルが乗り込んできたことがあった。
まぁ若いカップルが電車の中でいちゃついてるなどしょっちゅうあることなので、普段は誰も気にとめないのだが、この男の子が絵に描いたような「アキバ系おたく男」くんである。
中途半端に長い髪。どこで買うの?と聞きたくなるようなTシャッに、大きな鞄をたすきがけして、どんよりと暗い雰囲気を身につけている。
また、その彼女というのが、故・ナンシー関にそっくりである。ちょっとだけこぶりにした感じだ。
そして、結構混んでいる車内で二人のラブラブトークが始まった。
「ぼくぅ 、今日はいっぱい飲んじゃうからぁ 」
「やっだぁ 、やめてやめて。ヒロタン(この女のことか?)ちらにゃい(知らない)からねぇ 」
見るからに付き合い始めたばかり。それもきっと二人とも異性と付き合うのは初めてという感じ。
これが茶髪にミニスカート、露出たっぷりの服を着た、浜崎あゆみをうんと下品にしたようなねえちゃんと、ピアス開けまくり、ズボンを思いっきり下げて穿いて、しょぼい無精髭を生やした、安物のキムタクのような男との組み合わせだと、周りの大人たちも「またかよ」てな反応になるはず。見る見ないの視線じゃなく、透明人間に対するような態度。
ところが、そのおたくくんとナンシーさんがいちゃつき始めた途端、ほかの乗客たちが「見てはいけないっ!」と思ったのか、一斉にくるりと彼らから背を向けてしまった。
そのくせ気にはなってしまうみたいで、私の隣にいた男性など、ケータイのメールを打つ手がすっかり止まっていた。明らかに周りの乗客の耳がダンボになっているのがわかる。
幸せそうなのに、なぜだかしょっぱい感じがして、さらには粘っこさも伴う。見てはいけないものって、同時にすごく気になるんだよなぁ。
同じく東横線で出会った光景なのだが、二人連れの片方がものすごく酔っぱらっていて車内で倒れてしまった。で、近くで座っていた人が席を空けてあげて、そこに彼を座らせ、連れの人が彼の前にしゃがみこむ格好になった。
ちなみに、二人とも中年の男である。片方はスーツを着た営業マンという雰囲気。もう一人の方(酔っぱらってしまった方)はアロハシャツにジーンズで短髪。自由業っぽい感じである。
最初はみんな「大丈夫?」というような目で二人を眺めていたのだが、そのうち車内の空気が心配から「不思議なもの」に変わっていった。
彼は酔っぱらった自分の連れをしゃがみこむ姿勢で介抱しているのだが、時折頬ずりしたり、頭を抱きしめたり撫でたり、耳元に何かを囁きかけたり。 もしこれが男と女なら、そこにいる全員が、
「ははーん。こいつらはデキているな」
と納得してしまうような状況である。
「あの人たちはただの友だちだってば!」
などと言い張るようなヤツは、おまえの目は節穴かとみんなに袋叩きになってしまうことは間違いない。
そのような情景が目の前で、しかもオッサン二人で繰り広げられている。ドラマである。『冬のソナタ』よりももっと複雑そうである。
また、そのドラマが徐々に車内に伝わるにつれ、冗談を言い合っていた若者グループは話をやめ、窓の外を見ていたOLは振り向き、ケータイは閉じられ、みんな同じ方向を無言のままじーっと見つめていた。
目をそむけることさえも忘れ、誰も一言も発しないというところがスゴい。
見てはいけないとわかりながら、見ずにはいられない。これもまた人の本能の一つである。
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