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私が嫌いなヤツ。それは元木と桑田と由伸・・・・と書けば、すぐにわかるだろう。そう! 私はアンチ巨人なのだ。
じゃあどこの球団のファンなのかと言うと、一応二十年来の阪神タイガースファンではあるが、巨人軍の中継を見ながら、
「あっ、こいつ大嫌いっ! 三振しろーっ!」
と罵詈雑言を浴びせるのとは反対に、阪神の誰が好きというわけではない。ただ、阪神タイガースというチーム自体が好きなのだ。
まぁ正直に言ってしまえば、ここ何年かは野球自体にそんなに興味がなくなってきている。阪神が勝てば、その日のビールがちょっとうまくなる程度だ。
サッカーにいたってはもっと興味がない。
ワールド杯が日本で行われたとき、サッカーファンじゃないヤツ、日本の勝利を願わないヤツは、まるで非国民みたいな雰囲気だった。
サッカー熱は興味のなかった人間にまでどんどん伝染してゆき、日本全域を巻き込んですごい勢いになっていた。かつて日本が「八紘一宇」「鬼畜米英」を合い言葉に、戦争に突入していった光景そのものである。・・・・って見てきたように言ってんじゃないよ、及川。
人はどうして、ああもスポーツに熱中できるんだろう。
私も水泳、特にシンクロナイズド・スイミングや陸上などは好きだけど、水泳や陸上ファンには、野球やサッカーファンのような「世界を一つに」的な高ぶりはない。妙に暑苦しいのは、『世界陸上』の際の織田裕二くらいである。
乗馬ファンも水球ファンも、さらにはクレー射撃ファンも、わりと静かに応援しているような気がする。ファンの人数が少ないから、そう感じるだけかもしれないが。
夫婦や恋人同士で同じチームを応援、というパターンも多い。同じものを好きになることで、愛を確認しあえるのか。スポーツは「かすがい」の役割も果たすってことなんだろう。よくわからないけど。
しかし、サッカーファンはどうしてうんちくたれが多いのか。お愛想でちょっと何かを質問すると、延々とそれに関して語りはじめる。そんな初歩的なことも知らないの、と相手を半分バカにしながらも、自分の知識を披露できることが実に嬉しそうである。
おまけに、選手を呼ぶのにも「中田クン」とか「小野クン」とか、何だか馴れ馴れしい。おまえら友達か?
それに比べて、野球ファンは、
「堀内ぃー、もっとがんばらんかい!」
「岡田、しっかりせえよ!」
監督まで呼び捨てにしてしまう。この違いはいったい何なんだ。
とにかく、サッカーはサッカーファンと、野球は野球ファンと、特に同じチームを応援することによって、見えない糸で結ばれているような運命を抱いて、ともに熱くなれるのだろう。
そう言えば、私もたまに(ほんとにたまにである)走り高跳びファンと出会うと、話が盛り上がるしな。
スポーツは自分が苦労もせず、だけど皆で観戦することで一緒に汗を流したと錯覚できる。最もお手軽な「一体感の感動」ではないだろうか。
夢を与える、勇気をもらうなどなど。スポーツにはありがちの「キャッチフレーズ」が、よけいに人の心に火を注ぐ。
待ちに待ったオリンピックがもうすぐ始まる。これによって人々は「日本国民」を意識し、感動し、夢や勇気で胸が膨らむのだろう。
と思っていたら、明後日は選挙で、スポーツ好きの日本国民を何とか投票場に向かわせようと、
「日本に関心を持てるのは、スポーツだけですか?」
ときたもんだ。総務省・中央選挙管理会も必死である。
でも、日本人はすでに政治が夢や勇気を与えてくれないことを知っちゃってるからなぁ。
そんでもって、スポーツ選手はなぜあんなに政治家になりたがるのか。政治の世界とスポーツでの感動はまったく別物だと思うのに、自分も政治が出来ると思うのだろうか。それとも単純に客寄せパンダの役割か。だったら、お笑い芸人の方がまだ気が利いている。
そのうち谷亮子や小谷実可子、増田明美あたりも参議院選挙に出てきそうだ。
「政治にも金メダルを!」
さしずめキャッチフレーズはこんなところか。
もしこのコピーを使いたい人がいれば及川まで。私は一生使うことがないので、安くお譲りします。
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