及川眠子 Diary日記風エッセイ「ムカつく私がバカなのか、それとも世間が悪いのか」
 
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2007年12月28日(金)
■55.孤独の果てに

 誰からも電話がかかってこない。メールを送ったのに返信がない。友人たちの飲み会に誘ってもらえない。仕方なく自分から誘えば、忙しさを理由に断られる…。
 そんなことくらいでいちいち傷ついたり悩んだりしないほど、私はすでにオトナだ。
 オトナになるということは、言ってみれば「心の受け身」がじょうずになること。若い頃は些細な事柄にも頭を打ったり怪我をしたりしていたのが、年をとるほどにすんなりと、人の悪意さえもかわせるようになった。

 私は日頃、ほとんど出歩かない。友人たちともしょっちゅう会わない。一人で家にこもって仕事をして、それ以外の時間は本を読んだりテレビを観たり。ショッピングもたいていは一人で行く。
 それで淋しくないのかと訊かれれば、淋しくないというのが正直な答え。たまに人恋しくなったときは、誰かを誘ってお酒を飲みに行く。美味しいものを食べて、いっぱいお喋りして、それで気持ちは楽になる。

 しかし、そんな一過性の淋しさよりも、私は自分自身が心の奥底に深い孤独を抱きしめているのを感じるときがある。何をしても、誰といても埋まらない空洞のようなものだ。そして、私はそれを埋めるために、ひたすら物を書いてきた。
 だけど不思議なことに、書けば書くほど空疎さは増してゆく。かと言って、しばらく書くのをやめてみると、また孤独感にとらわれる。いつもそのくりかえしだ。

 自分の中の欠如した部分は、埋まることも、またそれ以上に広がることもなく、ずっとそこに留まっている。そして、同時に物を書くことへの原動力にも繋がってゆくのだ。
 何かが少し足りないくらいが幸せだと、いま私は思っている。きっと満ち足りた状態が続いたなら、書くという行為なんてしなくなるだろうとも。孤独はいまや私の戦友みたいなものである。

 以前誰かに、あまり淋しさを感じないタイプだという話をしたとき、
「じゃあ、山奥に家を建てて住めば楽しいんじゃないの」
 と言われた。それはイヤだ。
 人がいる場所だからこそ、孤独であり続けられる。雑踏の中に佇むより、誰もいない部屋の方が落ち着くのと同じことだ。

 夫と私は、イスタンブールと東京に離れて暮らしている。仕事が忙しくないときは互いに行ったり来たり。それでも一緒にいられる時間より、離れて過ごす時間の方が多い。そして、そんな生活がもう6年以上も続いている。
 人に話すと、たいていの人が「淋しいでしょう?」と訊く。「淋しいよね」と断定してくれちゃう人もいる。
 だけど、私はすでに気付いているのだ。

 一人でいるよりも二人でいる方が傷つきやすくなる。自分が求めているときに相手がそっぽ向いていたりすると、それだけで見捨てられたような気持ちにもなる。
 人と自分は同じじゃない。だから、感覚にもズレが生じる。互いに期待する分だけ、甘えもまた出てくる。それに、自分の気持ちもちゃんと整理できないのに、なぜ人がそれを正確に見抜いてくれようか。
 しかし、頭では理解できることも、心というフィルターをとおったときに、感情が先に立つ。
 私をわかってほしい。でも、わかってもらえない。どうしてわかってくれないの? そんな繰り返しが孤独を生む。また、孤独自体も深くなる。一人で感じる孤独感と、二人以上の人間が向き合ったときに生まれる孤独感とは、別の種類のものなのだ。

 会えない時間が多いと、一緒にいられる時間を大切にしようと思う。わかってほしいと願う前に、相手にわかるように説明することを心がける。そうすることで、二人の間の孤独は埋められる。
 少なくても私は(夫はどうだかわからないが)、離れて暮らすことでよけいな淋しさを排除できていると思う。

 でも、私の胸のある孤独は、私だけのものだ。人にそれを押し付けることなんてできない。自分自身でそれを埋める努力をするしかないのだ。私にとっては、その方法が書くということだった。
「幸せになっちゃうと、詞なんて書けなくなるかもよ」
 そう言った人がいた。それもまた違う。

 前述したように、何かが少し足りないくらいが幸せだと思う。私にはまだ欲しいものがある。だから、頑張って働こうとするし、あきらめないで生きようと思えるのだ。そういう前向きな気持ちになれるのは、決して満ち足りているからではなく、何かが不足しているからである。それを幸せだととらえる人間もいるってことだ。
 逆説的ではあるが、どうしたら幸せになるかよりも、どの状態が幸せかということを考えれば、苦しみからも逃れられるはず。また、孤独であることを当たり前だと思えば、人に振り回されずに生きることもできる。
 生きる力とは、自分の心に開いた穴を埋める力でもあると、私はそう思う。

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