|
及川、老けたなぁ…。
これはいかんと思いつつ、老化を防ぐ手だてなし。と言うより、頑張ればまだちょっとは何とかなるのを、頑張らないからババアへの道をまっしぐら。
3年くらい前にはすんなり穿けていたスカート。久々に穿いてみようとすると、まず腹が入らん。さらに、尻と太もものあたりもパツパツ。体重は変わっていないのに…。
洋服が小さくなったわけではない。自分がたるんだだけだ。昔はキュッと上がっていた尻も、年齢とともに下へ落ちる。かつては筋肉と呼ばれていたものが、いまはただの脂肪。それらが腹や尻や太ももを占拠する。そして、スカートが穿けなくなるのだ。
だから、胸元の開いたブラウスやふわっとしたワンピースを着ていると、むしろ痩せて見えるらしい。
「あら〜。眠子さん、スリムになっちゃって」
ちゃいまんがな。引力の法則どおり、脂肪が下へと落ちただけだ。
なるべく自分の老化から目を背けてきた及川。気付かないように、信じないようにしているのだけど、それでも体の変化を見つけてしまうことしばしば。
このあいだ、斜め後ろから撮られた写真を見た。自分の斜め後ろ姿なんて、なかなかじっくり見る機会がない。で、見つけてしまった。
ブラジャーの上にむにゅっと乗った贅肉。段々わき腹。小さめのTシャツを着ていたので、肉の具合が非常によくわかる。
お気に入りのTシャツだった。つまり、しょっちゅうこれを着て外出していた。こんな醜い姿を一目にさらしておったのかと思うと、自分で自分が情けない。若者向けの洋服屋で買うのは、もうやめた方がいいかも…。
体型だけではない。様々なところに老化は現れる。
いちばんつらいのは目だな〜。字を書いたり、パソコン操作は裸眼でも全然問題がないけど、本を読むのは老眼鏡なしじゃまず無理だ。CDのクレジットなんぞ、とっくに読めなくなっている。
このあいだ、初めてオーダーメイドで老眼鏡を作った。最近はオシャレなフレームもたくさんあり、一見したところでは老眼鏡に見えないようなものもある。
及川、子供の頃から目だけはよくて、眼鏡に憧れていたこともあった。目が悪い人は、瞳がちょっと濡れている感じで色っぽいなどと言われたりもしたので、羨ましく思ってたときもあった。
しかし、いざ自分の目が本気で悪くなってしまうと(しかも老眼で)、もう全然羨ましくなくなったし、眼鏡に憧れたりもしない。
老化は根性をも悪くさせる。もともと歪んでいた性格は、年齢とともにますます磨きがかかった。
髪を茶色やブロンドに染めている若い女の子を見ると、
「いま染めなくても、あと何年かすりゃ必要性にかられて染めなきゃいけないのに」
と思い、いつも高いヒールを履いている子に対しては、
「そんなに高い靴ばかり履いていると、中年になる頃には腰がやられて、ちゃんと歩けなくなるよ」
嘘かホントか自分でもわからずに、そう説教してしまう。
眉も薄くなり、睫毛の量も減った。目の下のたるみは、ファンデーションくらいでは隠れない。眉間のシワとホウレイ線は、日に日に深くなるばかり。幸いにして目立つシミはまだないが、
「あれっ、こんなところにホクロが…」
というのは結構ある。
肌も昔のような瑞々しさはすっかりなくなり、風呂上がりに速攻でヘチマコロンを塗りたくらないと、乾燥で痒くなってしまう。
同じ年代の友人たちと会えば、話題は自ずと更年期障害と健康のことへ。お互いに老いの確認なんかもしたりして。
でも、先日も友人たちと話していたとき。
「若い頃に戻りたいか?」
そんな質問に対しては、
「絶対にイヤ!」
そう答える人がほとんどであった。
若い頃は体も元気だったし、2・3日の徹夜なんかもへっちゃら。お腹も出ておらず、脂肪なんてどこにつくの?って感じだった。だけど、いま思い出すと、信じられないくらいにバカだった。
頭にあるのは、恋愛のこととお金のことくらい。ものも知らなかったし、なのに生意気で、人に迷惑ばかりかけていた。本当に恥ずかしい。あんなバカな自分に戻るのはまっぴらである。
歳をとるのは悪くない。いろんな経験によって生きる知恵を授かるし、余裕も生まれる。ある頃から比べれば、きっと私もずいぶんましな人間にもなったであろう。
しかし、神様は意地悪だ。決して若い頃の姿のまま、知恵や余裕は与えてくれない。
役職の代わりに、髪の毛を奪われた友人がいる。気立てのいい子供二人とともに、たっぷりの贅肉を与えてもらった友人もいる。また、海外にビジネスクラスで行ける経済的余裕ができたのに、どこかに遊びに行っている暇なんてないほど忙しくなってしまった友人たちも。
何かをもらい、何かを捨てて、それでオトナになってゆくんだなぁ…。
ところで最近、アンチエイジングを謳った、いい美容液を見つけた。毎晩寝る前と朝起きたとき、それでリンパを刺激するマッサージをしている。心なしか肌に艶が出てきた。化粧ノリも良くなった。結構嬉しい。
いくらオトナになっても、煩悩だけは減らないのはなぜだ。
|