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若い頃に読んでおいた方がいい本。
そういうテーマで訊かれると、真っ先に思い浮かぶのは、沢木耕太郎の『ミッドナイト・エクスプレス』かなぁ。
私はこの本は30歳をとうに過ぎてから読んだので、へえ面白いな程度の感想しか抱かなかったけど、もしかして多感な頃に読んでいれば、人生の選択も変わっていたかもしれない。
あと、藤原新也の『メメント・モリ』ね。これも体力・気力がある頃(知力がなかった頃、と言う方がいいのかも)に読んでいれば、今頃は別の生き方をしていたかも。
若い頃にしかできない旅の仕方、というものがある。
これらの本を読んで、一瞬はいいなぁと思ってみても、決して真似したいとは思わなかった。何を今更、バックパックを背負ってドミトリーに泊まる旅をせにゃならんのか。私は5つ星ホテルに泊まり、いいレストランで食事をし、ゆったりと「旅行できる」人生がいい。
何の疑問もなく、そういう道を選んでこられたのは、『ミッドナイト・エクスプレス』や『メメント・モリ』を若い頃に読まなかったお陰なのかも。
いっとき大量の「猿岩石症候群」な若者たちが、海外を彷徨っていた。これはテレビの影響。結局、人生を左右してしまうのは、若い頃に得たセンセーショナルな情報なのかもしれない。
ところで、話は変わるが…。
私は、村上春樹という作家にほとんど興味を持てない。小説やエッセイ、ルポ的なものも含めて何冊か読んだが、なぜあんなに人気があるのか、海外でも支持されるのかが理解できなかった。
それはなぜなのか…。
「はた」と気付いたのは、村上春樹訳の『キャッチャー・イン・ザ・ライ(日本語題/ライ麦畑でつかまえて)』が出版されたとき。
私はあの小説が、ほんとに大きらいである。
まるで青春のバイブル的に扱われ、インテリくんイコールサリンジャーが好きみたいな感じがあるけど、あんな「うだうだした」小説をなんでみんな好きなのかがわからない。
とにかく主人公は、最初から最後まで悩みっぱなし。何の結論も出せず、理屈をこねているだけ。読んでいて、はがゆくならないのか?
んでもって、村上作品にはあの「うだうだ感」が同じように流れていると、私には思えるのだ。だから、馴染めない。
たまに読む小説と言えば(基本的にフィクションはほとんど読まない)、メインキャストさえあっけなく殺してしまう船戸与一作品とか、登場人物全員が悪人の山崎豊子作品とか、そういうのが好きな私。
海外もので言うと、アラン・シリトー『土曜の夜と日曜の朝』やアースキン・コールドウェル『タバコロード』、フランク・マコート『アンジェラの灰』なんかが好きだった。
考えるよりもまず行動。暴力や貧困に苛まれて、たとえ破滅に向かう物語であっても、立ち止まって理屈をこねているようなものよりはずっといい。
あるとき、村上春樹フリークの友人に1册の本を薦められた。この時点で、まず私と彼女は好みが違うと気付かなければいなかったのだが、つい読んでしまった。ベルンハルト・シュリンク『朗読者』。
当然ながら面白くない。なぜ「すっごく感動した」のか、どの部分が「もう大泣きだった」のかもわからない。ただただ最後までつまらなかった。
「で、この女の人は文盲だったんでしょ?」
「そおなのよぉ〜」
「で、それが何なの?」
「…。感動しない?」
「しない」
これ以上会話しても、シュークリームと民主主義のどちらが好きか、みたいな論争を繰り広げるだけだ。
私はあまり人に本を薦めたりしない。自分が読んで面白いと思っても、相手が同じことを感じるとは思わないからだ。また、私の読書傾向は、特に同年代の同性が好むものではないらしいので(おじいさんの本棚のようだ、と言われた経験あり)、安易におススメよぉ〜などと言わないようにしている。
それに、人に薦められた本で自分が読んで本当に感動したものが少ない、ということもある。
もうずいぶん前。シンガーの池田聡くんに、
「眠子さん、絶対に読んでください! 騙されたと思って読んでください!」
強力にプッシュされ、まぁそこまで言われればと、つい騙された気になって読んだ本。読後に池田くんからその感想を訊かれ、
「騙された」
その一言で終わってしまった本。それは日本でもベストセラーになり、映画にもなった、そう、あの『マディソン郡の橋』。
しかし、あの頑固なまでの推薦がなければ、手に取ることもしなかったと思う(池田くんが私に勧めた時点では、まだメジャーにもなっていなかった。そういう意味では、彼は先見の目があったのだろう)。ま、いい経験をさせていただいて、と言うしかないな。
それにしても…。
あの小説があんなにウケたのは、やっぱり「恋をしたい」中年がたくさんいたってことなんだろう。
恋は突然に目の前に現れ、そして一生忘れられない思い出を心に残して去ってゆく。誰にも打ち明けることができないまま、互いに互いを思う日々。…みんな、そんな秘密が欲しいんだろうなぁ。
「だけど、この女(フランチェスカ)のダンナっていい面の皮と言うか、なんかずいぶんマヌケな立場だよねぇ」
そんなふうな感想を述べたら、すごい勢いで非難されたことがある。あの小説は主人公二人だけのロマンに己を重ねるものであって、そういう現実的な「脇役」のことは考えちゃいけないらしい。
でもさ。『マディソン郡の橋』にハマった人たちのほとんどが、現実としての人生ではあの脇役と同じ立場にいたりするんだけどね。 |