及川眠子 Diary日記風エッセイ「ムカつく私がバカなのか、それとも世間が悪いのか」
 
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2007年11月15日(木)
■50.知力に限界はない

 私がこのDiaryを書き始めたワケ。それは「文章のお稽古」のためである。
 世間に何か言いたいことがあったとか、自分の世界を表現したかったとか、べつにそういう崇高な理由はない。これを見て仕事が来ればいいなとはちょっとは思ったけど、大して期待もしていなかった。

 それよりも、もっと文章がじょうずになりたかった。そのためには、とにかく書いて書いて自分を鍛えていくしかないと…。
 ま、3年近くやってもあまり上達はしていない。でも、書くのは早くなった。
 また、忘れっぽい自分のためのメモ代わりとも言える。もっと言えば、自分の記憶をまさぐる訓練でもあったのだ。

 何かを書かなきゃいけないとなると、日常のささいな出来事にも目を配るようになる。一つのことを分析したり、理解しようと努めるようにも。
 いままで「歌の詞」という観点でしか見ていなかったものたちが、少しでも長いものを書くようになると、その風景でさえ捉え方が変わる。
 詞の場合は視聴者に「想像させる」ことを前提に書いているけど、文章はある程度の説明をしなきゃいけない。とにかく物事を説明するのが苦手だった私だけど、書くことによってずいぶん改善されたような気もする。
 さらに、日常的に書くことを続けてきたお陰で、文章を書くということ自体に以前のような気負いもなくなった。

 まだ私が新人と呼ばれていた頃のこと。
 田中裕子さんのアルバムに何曲か詞を提供した縁で、沢田研二さんと裕子さんの結婚式に招待してもらった。全日空ホテルで行った、豪華絢爛でありながらほのぼのとした、いい結婚式だった。
 私が座った席は、いわゆる「作詞家・作曲家席」。湯川れい子さんや宇崎竜童さん、奥様の阿木燿子さん、大津あきらさんなどなど、そうそうたる顔ぶれである。その末席で作曲家の羽場仁志くんと私は、場違いな雰囲気にビビりまくっていた。
 そのとき私の隣に座ったのが、作詞家の三浦徳子さん。三浦さんは私よりも一回り年上の大ベテラン。ヒット曲もたくさんある人だ。

 確かWinkがヒットして少し経った頃だったと記憶している。三浦さんは私のことを知っていてくれていて、
「どれくらいの期間で売れたの?」
 そう訊かれた。
 3年目です。私が答えると、
「いい時期に売れてるわねぇ」
 と言ったあと、
「それこそド新人の頃にどーんとヒットが出ちゃうと、あとが大変なのよ。3年かかったってことは、つまりそれだけ自分の中にストックが用意できてるってことでしょ」
 その言葉にすごく説得力を感じた。自分でもよくわからないが、何だか励まされているような気持ちになったものだ。

 3年ほど前。私はほとんど文章を書いた経験もないまま、2册の本を出した。いま読み返すと、その下手さにイヤになる。
 講談社で出したときは、校正担当の人にそれこそ手取り足取りで、文章の変な部分を直すのを手伝ってもらった。でも彼女は、稚拙な部分も含めてなるべく「及川眠子らしさ」を残そうと努めてくれて、お陰で自分の文章の下手さがよりわかってしまう。
 そんなときにフト思い出したのが、上記の三浦さんの言葉。

 初期の頃の自分の詞を見れば、同じことを感じる。構成や言葉の使い方がめちゃくちゃなのだ。
 だけど、書き続けていくうちに言葉がこなれ、風景や小道具の使い方もわかってきたように、とにかく続けること以外の練習法はない。また、たとえ無為な作業とわかっていても、とにかくストックを増やすことで、どんなものにでも対応できる余裕も生まれてくる。
 私は書き手としては至って凡庸で、大した才能もないことに気付いている。何の努力もなしに名人芸のような技を披露してしまう人たちとは違う。そんな自分にできることは、ただ「あきらめない」ことしかないのだ。

 私の最も好きなアスリートに、マリーン・オッティという陸上選手がいる。オリンピックに7回連続出場した、ジャマイカ出身の短距離選手である。何度も優勝候補に挙げられながら、3位に甘んじてことが多かったため、「ブロンズコレクター」というニックネームまで与えられた選手だ。
 しかし、1993年の世界選手権で悲願の金メダルを獲得。そのときのインタビューで、ブロンズコレクターと呼ばれることについて、
「時代とともに、いつも私より速い選手が現れる。だけど、彼女たちはいつのまにか私の前からいなくなっている。そして、私だけが走り続けている」
 と語った。そのあと確か、そのことを誇りに思いたいと締めくくられたと記憶している。
 オッティは今年大阪で行われた世界陸上にも、47歳で出場した。

 私と同じ年齢で、体力の限界でさえ越えようしている人がいるのに、知力をあきらめちゃダメでしょう。オッティを見るたびに、いつもそう言って自分を奮い立たせている。
 書くことをやめれば筆は錆びる。書き続けていれば、たとえ才能がない人間でも少しはましになる。凡人には、続ける以外に方法はない。

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