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エスティ・ローダーに「ビューティフル」という名香があり、兄嫁はずっとこの香水を使っている。義兄がこの香りが好きで、彼女に贈り続けているかららしい。
つまり早い話、自分の愛する女には、自分好みのものを身に付けさせたいというワケだ。
「あなたはそんなことしないでね!」
夫にそうキッパリと告げたら、彼は深ぁ〜く頷いた。おそらく私に頼んでも、そういうことをしてくれない女だと、心の底からわかっているからだろう。
事実、香水も洋服も車も家も、自分が「興味がある」と思うものすべて、私は私自身でチョイスする。たとえ仕事を干され稼ぐ当てもなくなり、夫に食わせてもらう身になっても、自分の身に付けるものを人に選んでもらう人生はイヤだ。人に強制的に与えてもらうくらいなら、手に入らない方がいいとさえ思ってしまう。
それはただ単純に「プライドが高い」というだけの問題ではなく、自分の欲しいものは自分で選び手に入れる、それこそが快感だと信じているから。
確かに、愛する人に「あなた好みの女」にしてもらう喜びもあるのかもしれない。また、『マイ・フェア・レディー』のヒギンズ教授のように、女を調教することに快楽を見出す男もいるだろう。すべて男任せ、もしくは男任せのふりをして、欲しいものを全部手に入れるのはお利巧さんなのかも。
しかし、私は自分が選んで買ったものを夫に見せ、
「どうやっ! いいだろう〜!」
と、自分の審美眼を褒めてもらうことの方が、よっぽど楽しい。もちろん、ケチを付けられようものなら、めちゃくちゃ怒る。
自分の「好き」を譲りたくない。選択できる自由があるからこそ、人生は楽しいんだしね。
その代わり、相手の趣味には寛容である。うちの夫は、とにかく車と時計が大好きなのだが、それに関しても何も言わず(彼は洋服と香水も大好きなのだが、自分のセンスにイマイチ自信が持てないらしく、そちらは私任せ)。何を選んでも何を買っても、一切の文句を言わない。
ま、男だしな。きっとおねえちゃんも好きであろう。
私の友人の中にも、キャバクラに行ったりソープランドに行ったり、東南アジア観光ついでにちょっと羽目もはずしたり…。そんな男たちはたくさんいる。バイアグラを財布に忍ばせながら、それでもおねえちゃん遊びはやめたくないらしい。
そういう男たちのヨメには二種類あって、浮気(プロ相手に遊ぶことを浮気と呼んでいいのかどうか…)に対して異常なまでに潔癖なタイプと、そうでないのと。
ある友人は、東南アジアから帰って家に着いた瞬間に、速攻で風呂場に行かされ、熱湯をかけられ「消毒」されたあと、
「3週間、私に触れないように」
そうお達しされたそうだ。
おそらく夜の街で遊んできたんだろうという推測のもと、だけどそのことに対してのお咎めは一切なし。要するに、遊ぶのはいいが病気を感染させてくれるなってことだ。
男だったら、時には違う女と遊びたいでしょう。当然だ。その気持ちをプロ相手に解消してくれる夫や恋人なら、こんなにいい男はいない。そういうことを理解している女は、世の中にちゃんといる。
ただ、私が想像するに、こういう女に限って自分の趣味や蒐集しているものをけなされたときは、ものすごーく怒る。人のやることに寛容なのは、自分がそこに触れられたくないから、という思いがあるからだ。私も同じく。
ところで最近、異常なまでに香水にハマっている及川である。
デパートやデューティーフリーショップでお試ししまくる以外でも、インターネットでいろんなショップをチェックしたり、香水に関する本を読んだり。もちろん実物も買う。買いまくる。
世の中は便利になって、1mlから小売りしてくれるショップもあるが、私の場合はボトルで買う。たとえあとで「想像していた匂いと違うーっ!」と後悔しようと、香水はボトルのデザインも入れて価値があるんだと思い込んでいるから、太っ腹にボトル買い。どうしても気に入らないものは、人にあげてしまうか、トイレ用に使えばいいんだし。
しかし、体は一つ。また、一度付ければ3〜4時間くらいは持続するわけで、なかなか減らない。いろんな香水の匂いを試したいとは思っていても、それには限度がある。
そこで、トルコに行く際のお土産は全員に香水、と決めた。トルコ人はとにかく香水が大好きである。インターネットのショップで安いものを見つけては大量に買い込み、それらを人にあげたときに、匂いを嗅がせてもらうのだ。
有名ブランド、たとえばシャネルとかディオールなどは高いから、お土産用には絶対に買わない。自分用に買って、気に入らないとあげるだけ。
そうやって、自分の気になるものを買っては、それを人に押し付けるという行為を続けている。他人を「私好み」にしたいとは思わないが、もしかしたらそれよりもっとタチが悪いのかも。
ちなみに。及川の好きな香水は、エスティ・ローダーのプレジャーズ・インテンス、ジバンシーのジャルダン・ダンティルディ、グッチのエンヴィ、エルメスのナイルの庭、エリザベス・アーデンのグリーンティ、などなど。
当然ながら、これらの「好き」を見つけただけでは満足はしていない。さらなる「好き」を探し出すために、これからも飽きるまでどんどん買い続けていくだろうと思う。
しかし、自分が付けている「好き」は、絶対に人には贈らない。教えてもやらない。自分が満足していれば、それで充分。イヤなものや単純に興味があるだけのものは、平然と人に押し付けるくせに、自分好みのものは人と共有したくないのだ。
こんな私のことを、人は「勝手」と呼ぶだろう。
でも、あなた好みの女になるより、私は私好みの女でいたいのさ。誰にもケチは付けささんどぉ〜!
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