及川眠子 Diary日記風エッセイ「ムカつく私がバカなのか、それとも世間が悪いのか」
 
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2007年9月6日(木)
■43.読書ノート 8月

 及川が読む本の傾向を見て、すでにお気付きになっちまった方も多いと思うが…。
 べつに隠しているわけでも何でもない。私は世間で言うところの「右寄り」である。ま、そういう呼び方自体、あまり好きではないんだけどさ。
 だいたい、右とか左(最近の言い方では「サヨ」か)とか、言い方自体が変だと思っている。思想なんてキレイに二つに分けられっこないでしょ。
 でもたとえば、自衛隊がなくなれば日本は戦争に巻き込まれてしまわないと心から信じきっている平和主義者から見れば、私は明らかに「右の人」。首相のみならず政治家の靖国神社参拝反対者や、クジラは賢い動物だから殺しちゃいけないと思っている人たちから見ても、間違いなく「敵」である。

 しかし、取っている新聞は朝日。DAYS-JAPANも毎月購入。それは決して「敵情視察」ではなくて、いろんなものを見て読んで知りたいから。そして、自分の中で得た答えは、(あえて言うなら)平和主義者の言っていることは私の考えとは違う、ということ。
 加えて、いろんな本を読んでいて、「この人はきちんとスジのとおったことを書いているな」とか「ちゃんと調べて、それで発言しているんだな」とか思えた人は、たいてい右寄りにいる人たちでもある。
 本多勝一や筑紫哲也の言ってること書いてること。さらに、小林よしのりや石原慎太郎が言ってること書いてること。両方を比べて、両者とも多少ヒステリックで偏ってはいるけど、どちらの言い分が理屈としてまともか。チョイスする自由は、自分の中にある。
 って言うか。自虐史観を振り回す人たちを見ていると、ほんとにイヤになる。あと、やたらと人権を盾に取るヤツらもきらいだ。

 私は日本を愛する国民である。また、悪い人間には極刑を望む、ごく当たり前の感性を持っている。もちろん戦争には反対。平和で豊かな生活を続けていきたいと願っている。
 だけど、憲法九条改正反対のデモに参加しましょうと誘われれば、返事はノー。みんな一緒に『戦争を知らない子供たち』を口ずさむなんて、すっごく恥ずかしくて、絶対にやりたくないと思う。
 はっきり言っちゃうと、右とか左とかの前に、そういうつるみ方をする人たちがきらいなんだよな。

 2007年8月、夏の盛りに読んだ本。
1.毎日母さん4〜出戻り編/西原理恵子
2.地獄めぐりのバスは往く/中村うさぎ
3.怪獣記/高野秀行
4.香水ブランド物語/平田幸子
5.異人伝〜中島らものやり口/中島らも
6.独身手当〜給与明細でわかるトンデモ「公務員」の実態/若林亜紀
7.この大地に命与えられし者たちへ/桃井和馬
8.歪曲報道〜巨大メディアの「騙しの手口」/高山正之
9.銭湯の女神/星野博美
10.となりの神さま/斐昭
11.イケズの構造/入江敦彦
12.「兵士」になれなかった三島由紀夫/杉山隆男
13.頭は必ず良くなる/日垣隆
14.方向音痴の研究/日垣隆
15.世界はもっと豊かだし、人はもっと優しい/森達也
16.熊野の謎と伝説〜日本のマジカル・ゾーンを歩く/澤村経夫
17.常識の世界地図/21世紀研究会
18.へんなほうりつ/のり・たまみ
19.食の世界地図/21世紀研究会
20.不肖・宮嶋 メディアのウソ、教えたる(14歳の世渡り術)/宮嶋茂樹
21.仕事師たちの平成裏起業/溝口敦

 今月は比較的軽いものが多い。だって、暑いんだもんよ〜。頭を使わなきゃいけないような本は読みたくない。
 また、8月は東京と和歌山を行ったり来たりの日々でもあったので、とても集中して読書というキブンにはならなかった。

 とにかく文句なしに面白かったのは、高野秀行『怪獣記』。トルコのワン湖に生息されるという、体長10メートルの怪獣ジャナワール。その探索紀行なのだが、読み進めるほどにおかしさが増す。真面目であればあるほどバカバカしく、いい人であればあるほど嘘をつくトルコ人たちの気質もわかって楽しい。
 ただ、うちの夫に言わせれば、
「ワンのジャナワール? そんなのいないよ」
 とのこと。なぜいないと断言できるのか、その理由を聞くと、
「だって、ジャナワールが出た出たと騒いでいたちょうどその頃。ちょうどそのすぐ近くにいた(兵役で駐留していた)けど、一度も見なかったもん」
 自分は見ていないから信じない。…これもまた真理の一つではあるな。

 さて。先ほどもふれたように、私は右か左かに関係なく「オジサン」が書いた本を読むことが多い。
 しかし最近、昔はとても好きだった藤原新也や沢木耕太郎を読むと、なんかすごぉ〜く「うっとおしい」気分になってしまう。今月読んだ森達也なんかもそう。この人たちの考え方を支持する支持しない、もっと言うと好き嫌い以前に、とにかく読み進めるほどに気持ちが「どんより」してしまうのだ。
 同じオジサンでも、日垣隆や高山正之、宮嶋茂樹などは、全然そんな気持ちにならないのに…。

 んで気付いたのだけど、なんでうっとおしい気分になる書き手とそうじゃない人がいるのか。その違いは、「ロマンティシズム」にあることがわかった。
 ロマンティシズムとセンチメンタリズムは、双子のようなものである。物事をサクサクっと断言してしまうような人には、少なくともロマン&センチな血は流れていない。
 また、自己愛と自己嫌悪(自己批判を含めて)も、一卵性双生児みたいなものだ。相変わらず「迷っている」オジサンたちは、結局自分という存在の呪縛から抜け出ていないのだと思う。
 自分の内部に向かって、ひたすらロマンティストでセンチメンタリズムを秘めたもの。私はそれが苦手なんだと、気付いたのである。
 まぁでも、うっとおしいと思いつつも、彼らが新刊を出せばまた読んでしまうだろうけどね。
 興味があるから読む。好きでも嫌いでも読む。読者とはそんなもんさ。

 

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