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さて、心理ゲームを一つ。
あなたは、ものすごーくトイレに行きたくなりました。で、トイレに行こうと思ったその瞬間、電話が鳴り、誰かが来たのか玄関のチャイムが鳴る。さらには、赤ちゃんが泣き出し、風呂の水が溢れている。トイレと電話と玄関チャイムと赤子と風呂。さぁ、あなたならどの順番に片付けていく?
…これは、自分の人生における「物事の重要性」を量るものらしい。
ちなみに及川は、1.風呂、2.赤ん坊、3.トイレ、4.電話、5.チャイムであった。
もちろん、人によって答えはまったく違う。電話はまたかかってくるし、チャイムを鳴らして誰も出なきゃ、時間をずらして再度訪れるだろう。私が大して重要視しなかった電話やチャイムを、最重要に挙げる友人もいた。
この心理ゲームの答え。物事の意味するところは、電話は仕事で、チャイムは友人、赤ん坊は家族、トイレは性欲らしい。つまり、電話を一番に挙げた人は、自分の人生で仕事を最も大切に思っているってことだ。
で、これは友人が私に出したゲームなのだが…、
「あれっ。風呂って、何だったっけな〜?」
私が「最も重要」だと思った「風呂の水が溢れる」についての意味をコロリと忘れてやがる。中途半端な記憶で、人に心理ゲームを出すなっつーの。
だけど、私が思うに…。絶対に風呂は「金」だな。だって、なぜ私が一番に風呂の水を止めに行くかの理由が、「水が溢れてもったいない」だもの。間違いない!
金は大事や。
遣っても遣っても、遣いきれない。それほどの金を持ったことがないので、本当の金持ちというものがどんなものだかはわからないが、金はある程度の贅沢ができる程度にあればいいとは思う。世の中にはお金で買えないものがあるのよ、と思いつつ、ほとんどのものは金で買えることも知っている。
もっと言えば、私はゴージャスな暮らしをしたいわけじゃない。ただ、貧乏がイヤなだけなのだ。
【日本は昔から外国でいう貧富の差はなかった。ルイス・フロイスが領主から農民まで同じ献立の飯を食っている、違いはおかずが鯖か鯛かの違いだと驚いてた。
そのフロイスも驚く世相変化がいま起きているのかと期待したら、要は働きたくない者たちがステーキを食えないと嘆く話だ。それを格差とは言わない。
※ 高山正之著『歪曲報道〜巨大メディアの騙しの手口』より引用】
さすが高山センセイはいいことを仰る!
ろくに働きもしないで、ステーキが食べられないと嘆くような人間には、絶対になりたくない。だから、私は頑張って働く。
しかし反面、その働いて得たお金を「無駄なものにでも」遣わないと、税金に持っていかれる、というのもある。
先日、うちの会社の決算があった。
新世紀エヴァンゲリオンのパチンコ機が大ヒットし、出荷台数が多かったこともあって、私のものにもそこそこまとまった印税が入ってきた。
以前ほど作詞家が必要とされる仕事も少なくなり、収入は年毎に落ちる一方。すでに若くはない及川としては、きっといまさら大きなやり直しも利かない。だから、もう浪費もいい加減にやめて、たまの贅沢以外は本当に必要なものを買う生活を心がけるようになった。
そんな矢先の(しかも2年続けての)黒字決算。
幸運でまとまって入ってきた金。だけど、それは決して「何もしないのに転がり込んできた」ものとは違い、私自身が手がけたものである。後ろめたい部分はまったくない。
また、無駄な出費は避けるという目標のもとでの節約生活。お陰さまで、買ってから後悔するということもずいぶん減った。
そしたらっ! 純利益が上がったという理由で、なんと法人税と国税で約530万円持っていかれた。さらに、来年1月末くらいに、また300万円くらいの徴収が来るそうな。当然それだけではすまない。消費税だの住民税だのと、ただひたすらに国や都に巻き上げられる。
頑張って稼いで家を買えば、固定資産税。夜中にスタジオに行くのに車が必要だと思って買えば、自動車税。
一生懸命働いたら、むしろ損なんじゃん! 無駄なものでもとりあえず買って領収証をもらわなきゃ、浮いた金を持っていかれるんじゃん! じたばたしてしまう及川であった。
この国で生かされている限り、税金はきちんと払わなきゃいけないのは、当然ながら理解している。決して、払わないとゴネるのではない。
でもたとえば(もう皆忘れてしまったのかもしれないが)、秋田県藤里町で隣家の子供を殺して捕まった女の事件。この女は、夫と離婚したあと職にも就かず、月10万円程度の生活保護を受け、母子家庭ゆえに町営住宅の家賃も免除されていた。
当時テレビで観た限りは、明らかな健康体で、しかもまだ若い。病気で働けないとか年老いているため雇ってくれるところがないとか、そんな理由は通じない。しかも、生活保護を受けているというのに、自家用車を所有している。この車で殺した子供を遺棄現場まで運んだのだ。
イヤな思いをして、時にはストレスも溜め込んで、そして得た金の一部が、こういう女の手元に落ちる。
女は田舎町でぬくぬくと暮らし、それだけでは飽き足らなかったのか、二人の子供を手にかけた。そして、現在は拘置所の中で暮らしている。彼女が死刑になるのかどうかは司法の手に委ねるしかないが、いま拘置所で生きるための金も、私たちの税金から出ている。
それを理不尽と呼ばずして、何と呼ぶのか。
【言い方を変えれば、日本には働く者と働かない者との間に所得格差はあるが、生活格差はない。いや、むしろ逆転しているといえる。
※ 高山正之著『歪曲報道〜巨大メディアの騙しの手口』より引用】
まず、溢れる水を止めにいく。
私は、誰かの(それが国であろうと個人であろうと)世話になって暮らしたくはない。無駄なものに金を遣わないのは、そのための知恵でもある。
だけど、そんなささやかな知恵の結晶を、自分の手に入れようとするヤツらもいるのだ。
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