及川眠子 Diary日記風エッセイ「ムカつく私がバカなのか、それとも世間が悪いのか」
 
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2007年8月16日(木)
■40.夏の思い出

 ここ数年、特別な「夏の思い出」というものがない。
 暑さ真っ盛りの8月。ほとんど外に出ないで、ずーっと家にこもって、本を読んだりテレビを観たりしているからである。

 世の中は夏休み。みんな行楽に避暑に、そして帰省にとどこかに出掛ける。当然ながら、道路や乗り物は混み、値段も高くなる。一年中夏休み状態の及川なのに、なんでわざわざこの時期に出掛けようか。家に引きこもってりゃ金も遣わず、不快な思いもせず過ごすことができるってもんだ。
 また、夏は仕事も暇である。こんなくそ暑いのに仕事なんてしてられっか、という気持ちになるせいなのか。すごーくいっぱい詞を書いていた頃でも、8月はいつもの月の3分の1くらいの発注しかなかった。
 なわけで、夏はいつも寝たきりの身。そんな私に、楽しい夏の思い出なんてあるはずもない。毎日だらだらと無意味に過ごしているうちに、いつか日も短くなり、待ち望んでいた秋が訪れる。そして、及川も活動再開。…てな感じなのである。

 帰省ラッシュで、延々20キロ以上の渋滞が続く高速道路。海外旅行に行く客で、芋の子を洗う状態になっている成田空港のロビー。新幹線の自由席の列に並ぶ人々。そんな映像を観ながら、「ご苦労様です」と心の中で呟く私。
 だいたい冬生まれのせいか、夏自体が苦手である。蝉の声を聴いても、イライラが募るばかり。さんさんと降り注ぐ陽射しは、お肌の大敵。夏なんてなくても生きていけると思うほど。
 ただ、このあいだ南紀白浜の料理屋で、私の好物である鱧と鮎を出されたとき(それはもう、涙が出るほど旨いものだった)、
「夏もいいかも…」
 と、思わず口に出た。食の楽しみがあるから、夏を過ごせる勇気もわくってもんだ。

 さて、そんなふうに「基本的に夏は動かない」と、まるで王侯貴族のような考えでいる私が、なぜか今年の夏はえらく忙しい。
 和歌山の熊野(世界遺産の熊野古道がある地域)のイメージソングを作るためのプロデュースを引き受けたというのが主な理由だが、楽曲を作る以外にもやたらめったら駆り出される。と言うより、細かい用事を言いつけられてしまう。
 夏は動きたくないのになぁとボヤきつつ、あちこちへと出掛け、人に会ったりもしなきゃいけないわけである。

 まず月イチで和歌山放送に生出演していて、そのためにわざわざ飛行機に乗って、南紀白浜まで行かなければならない。しかも、8月は月初めと終わりに2回来いと言われた。
 何度も言うが、世の中は夏休み。東京は「動く人たち」で混雑している。その状況をまったく頭に入れていなかった及川は、いつもの時間に家を出て、渋滞に巻き込まれ、飛行機に乗り遅れた。
 いつも泊まっている温泉ホテルもほぼ満室。エネルギーを持て余したガキが、朝の早くからホテルの廊下を走りまくり、大浴場はプールか。普段は熊野古道観光のジジババしかいない、落ち着いた雰囲気のホテルなのに。ほんとに、癇に障ることだらけである。

 また、「細かい用事」は東京にいるときもつきまとう。
 うだるような暑さの中、しかも昼の1時に待ち合わせ。目的地にたどり着いた頃には、汗だくだく。人に会うのは全然苦ではないが、このくそ暑さには参ってしまう
 7月の中旬からトルコに行っていて、熱波と乾燥の地から戻ってみれば、東京は湿度地獄。暑い日は42度もあったイスタンブールよりも、東京の方がはるかにつらい。特に都心は地下を掘っているせいなのか、地熱で体の芯まで沸騰するほど。また、最近のインテリジェンスビルの鏡張りの壁面は、太陽光線を思いっきり跳ね返す。そこに加えて、車の排気ガスとエアコンの排出口から出る熱い空気。まさに異常と言えよう。

 しかし、それはまあ何とか堪えるとしても、街も乗り物もやっぱり人が溢れている。歩道いっぱいに広がった、そのゆっくりとした歩調にリズムを乱され、追い越そうとすれば肩や手がぶつかる。よけいに暑さが増す、というものである。
 地方から出てきたのだろうか、背中に大きなリュックを背負った子供連れのお父さん。電車の中で子供二人に爆睡されてしまい、しかも降りる駅に着いても、子供らはまったく起き上がる気配なし。完全に眠っている状態の子供を引きずりながら、これから東京見物だろうに、すでにその表情は疲れ果てている。
 ファミレスやファストフード店では、やはり夏休みの子供を連れたママさんグループ。これ以上がないほどのテンションではしゃぎまくるガキどもを、最初は叱りつけているのだが、そのうちあきらめて放置。結局誰かが転んで泣き出すまで、店内はまるで動物園。
 とにかく、見ているだけで暑いのである。

 どこかのキレイな海水浴場で。パラソルの下、寝転がって甲羅干し。おばあちゃんちの縁側で。蝉の声を聴きながら、スイカを食べる。あるいは、避暑を兼ねて高原までドライブ。帰りに美味しい蕎麦を食べる…。
 私は田舎者で、そういうことは二十歳までにすべてしてきたので、いまさら「のどかな夏の思い出」なんて欲しいとは思わない。
 また、夏の陽射しに負けないほどの熱い恋に出会いたい、なんて願うほどの体力もない。ま、既婚者だしな。
 夏のあいだは、何もせず。どこにも行かず。ただひたすらに脱力していたいだけなのだ。
「夏だぜ! イエ〜イ!」
 そんなふうにはしゃげるのは、やはり若いうちだけ。

 だけど、夏物の洋服や雑貨は色目も派手で、楽しくなるようなものが多い。夏物が店頭に並ぶ5月頃からあれこれとチェックし、時には大量に買い込み、結局着ないままで終わってしまうこともあった。
 今年の夏はお出掛けが多いので、フルに活用している。それだけが唯一の救いか?

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