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30年くらい前に流行った歌に、かぐや姫の『赤ちょうちん』というのがある。
若くて貧乏な男女が同棲していた日々の思い出を綴った歌で、大ヒットした『神田川』のいわば続編みたいなもの。
その中に「月に1回少しだけお酒を呑むのが、二人にとっての贅沢」というような歌詞があった。もちろんいま聴くとおそろしく貧乏臭いが、あの頃は叙情的に感じたし、田舎から出てきて自活している若者なんて、たいていそんなものだった。
時代は変わるよなぁ…。
ビールは高いから飲んじゃダメと言われ、仕方なく発泡酒に変えたオジさんたちのことを歌にしても、せつないかもしれないが、決して叙情的な歌詞にはならないだろう。
また、ワーキングプアとか格差社会とか言われつつも、よその発展途上国に比べたら、日本はまだまだ豊かである。貧しさは悲壮感を招くかギャグにしかならず、まぁそれだけいい時代になったと解釈していいのだろう。
突然話は変わるが、いま中高年やOLを中心に、空前の「ダンスブーム」らしい。なんせ東京都内では、ハンバーガーショップよりダンス教室の方が多いというからオドロキものだ。
たまたまテレビでやっていたのを観たのだが、とにかく夢中になってダンス教室に通う人たちの多いこと。実際私の周りでも、ソシアルダンスやフラメンコ、サルサにハマっている人たちがいるし。
週に1度、2時間のレッスンに通って、だいたい月謝は1万円平均らしい。ほかに衣装代などもかかったりするだろうが、手頃な趣味と言えばそうなのかも。
私はダンスにまったく興味がなく、たとえ親の恩人から誘われても絶対に行かないと断言できるほど。と言うより、習い事自体向いていない。
「なんで人に教えを乞わなきゃいけないんだ!」
及川、金を払う相手に頭を下げるのはイヤである。同じ理由で病院もきらいだが、こっちは体を治してもらうのだから仕方がない、という気持ちで通っている。
幼少の頃のオルガン教室から始まって、数々の習い事を経験したこともあるけれど、結局どれも長続きしなかった。今後もおそらく習い事とは縁遠い日々をおくっていくのだろうと思う。
すべて我流で結構。手に職もなし、夢中になれる趣味もなし。どうせ寂しい老後をおくるんだわと思っていた矢先、
「習い事はイヤってわけじゃないですけど、ダンスはちょっとねぇ…」
と言う友人と、最近のダンスブームについて、つい語り合ってしまった。
ちなみに、OLたちが今後やってみたいと思っているダンスの1位はフラ(映画『フラガール』の影響なのか?)、2位はベリーダンス、3位はフラメンコだそうだ。全部「アタシは女よぉ〜!」って感じのダンスだなぁと思ってしまうのは私だけだろうか。
まぁでも、月に1万円程度で、非日常な雰囲気に浸れるのなら安いもんじゃん。…という話から、じゃあ月に1万円の余裕があれば何に遣う、という質問をその友人にぶつけたところ、
「…酒、呑みますね」
わぁ、つまんねぇでやんの。
「だったら眠子さんは?」
と逆に聞き返されて、
「…本、買うかな」
もっとつまんない答え。
結局、夢も情熱もないつまらない女二人が、他人様の趣味にうだうだと文句をつけているというだけのことだ。
しかしその後、もし領収証が要らない1万円があれば、私はいったい何に遣うだろうと、フト真剣に考え込んでしまった。
本やCDは贅沢品ではあるけれど、私の場合は仕事に繋がっているので、資料費として100パーセント経費で落とせる。映画や演劇なんかもそうだ。飲み代は100パーセントとはいかないまでも、やっぱり接待費として計上できる。
旅行や車は、とても月1万円では無理。母親に小遣いでもあげればいいのだろうが、それだと自分が贅沢したとは言えない。また、洋服は「仕事に必要」だから買うのであって、私の中では贅沢とは思っていない。
だったら、遊園地かパチンコか。だけど、遊園地なんて大きらい。なんで金払って、自分の行きたくないところに行かなきゃいけないのか。ギャンブルにも興味はないし。
そんなふうに考えていくと、私って1万円の金も楽しく遣えない、なんて不自由な人間なんだろうという気持ちになってしまった。
人にはぶいぶいいわせているように見えても、案外地味な生活をしているのだと発覚。って言うか、人生をエンジョイできない人間?
私にとって、遊びや趣味イコール仕事なのである。いちばん好きなことを職業にしてしまったから、常に仕事に追われる人生に何の不満も抱いては来なかった。
書くことをやめた瞬間にボケちゃうのかしらという思いと、たとえお金を稼げなくてもきっと書くこと自体はやめないだろうな、というかすかな予感。それでいながら、書くことをやめれば自由に大空を羽ばたけるのかも、といった気持ちもある。
仕事とプライベートをきちんと分けられる人たちは、きっとそんなことを思ったりしないんだろうなぁ。
月に1回お酒を呑むのが贅沢だった時代から、週に1回会社帰りにダンス教室に急ぐ贅沢。どちらも「幸せを感じられる」という意味では同じなのだろう。
「私のささやかな幸せはどこに?」
と思いつつ、領収証の要らない1万円の遣い途で、人生を深く見つめ直した及川であった。
…マッサージにでも行くか。
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