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このあいだ、ΝewsとDiaryにも書いた、ブラック&せいこについて補足。
この仕事に関して、私はプロデュースをしたとは思っていない。と言うか、プロデューサーではない。
確かに、「トルコ人男性と日本人女性とのデュエット」という企画を、トルコと日本の制作会社双方に持ち込んだのは私だし、ある程度の下敷きを作ったのは事実だけれど、基本的には何の責任も負っていない。私はただ単純に、アイデアを提供しただけだと思っている。
もう10年近く前になるが、大竹しのぶのアルバム2枚と、続いて大地真央のアルバムをプロデュースしたことがある。
両者とも私が直接会って、アルバムを作るよう口説き、さらに内容も考え、曲やアレンジの発注もした。もちろん、ジャケットのデザインやプロモーションにも口を出した。
大地さんに、アルバムを出しませんかと話したとき。
「やりたいと思うんだけど、メーカーはどうするの?」
と聞かれ、
「こちらで決めます。責任はすべて私が取ります」
そう答えたら、
「じゃあ、もしメーカーが決まらなかった場合は、どうするの?」
「ごめんなさい、って謝ります」
その瞬間、彼女は爆笑し、私にすべてを委ねると約束してくれた。
まぁ、その後無事にメーカー(コロムビア)も決まり、ちゃんとCDも出せたので、謝らなくてもすんだわけなのだが…。
また、大地さんも大竹さんのアルバムも、先に引き受けてくれる制作会社が決まっていたため、メーカーを決めるにもさほど苦労はなかった。さらに、私が金勘定をやらなくてもよかったのは、その制作会社のディレクターのお陰でもある。
実は、ほんとにメーカーが決まらなかったら、正直に謝るつもりでいた。それが私の唯一の責任の取り方だと思ったからだ。
プロデューサーとクレジットされた人間の、その役目はただ「責任を取る」ことだと思っている。言い換えれば、曲を発注したり歌を録ったりすることは誰でもできる。でも、責任を負うことは、プロデューサーでないとできないのだ。
しかし、もっと言ってしまえば、実際に責任を取らなきゃいけないことなんて、そんなに多くはない。ただ最初から、「何かあったら逃げちゃえ」というような態度では、やはり人は信じてくれないだろう。
大地さんは頭のいい人なので、おそらく私の意図するところを理解して、だから委ねてくれたのだと思う。
アルバムはあまり売れなかったけど、いいものができたと思っているし、勉強をさせてもらえたと感謝している。プロデューサーでなかったら味わえなかった喜びや苦労も実感することができた。
だけど、大竹しのぶと大地真央に続いて、2000年にCool As Iceという女の子たちのユニットを手掛けて以来、私はプロデュースをまったくやっていない。
音楽に対してちょっと煮詰まった時期が2年ほどあった(そのあいだに本なぞを出していた)のと、自分で見つけてきて自分で一から作っていくという作業が、少しつらくなってしまったからだ。
プロデュースは歌手と向き合い、スタッフと向き合い、喧々諤々をくりかえしながらやっていくものである。それはやはり自分が元気でないと難しい。いま振り返って思うに、40歳過ぎてしばらくは、精神的にも肉体的にもちょっと迷いの中にあった。
世の中には、プロデューサーと呼ばれることが嬉しくてたまらない人たちがたくさんいる。クレジットにプロデューサーと書かれることで、すごーくエラくなったような気分になるらしい。
私は「詞を書いたらそれで終わり」の作詞家でいる方がいい。だって、飽きちゃうんだものよぉ〜。何度も何度も同じ歌を聴き、ああじゃないこうじゃないとチェックする作業は、正直私には向いてまへん。第一、スタジオワークが大きらいだし。またそれも、実際にプロデュースをやってみてわかった事実である。
ブラック&せいこのときも、生のオーケストラを録るときまでは私もいろいろと口出しさせてもらったし(トルコにはほかの日本人スタッフが来ていなかったため)、歌に関しても意見を挟ませてはもらったけど、それ以降は「本物のプロデューサー」にお任せした。
作詞という仕事は、あくまで個人作業。いいもの、売れるものを書くことだけかが、私の責任である。
大地さんのときのスタッフも、大竹さんのときのスタッフも、
「眠子さんははっきりしてるから、仕事がやりやすくていいなぁ〜」
と褒めてくれて、次の仕事があればまた呼んでよ、てなことも言ってもらったけど、文章を書いたりとかトルコで音楽をやるためにいろんな人に会ったりとか、そっちの方に気を取られて、誰かをプロデュースするという気にはならなかった。
それよりも正直に言うと、自分が手掛けようとした人たちから、何度か裏切られるような目にも遭ったので、もうプロデュースはいいやという気持ちだった。人を扱う仕事は大変である。
しかーしっ! 喉元過ぎれば熱さ忘れる。
及川は最近また、つい振られたプロデュースを引き受けてしまった。
それは自分一人が頑張らなくてもいい、と言うよりは、頑張ってくれる人たちがいて、そこに乗っかるだけのプロデュースなのだけど、「いいよ」と答えてしまった瞬間から、どうも周りがわさわさしてきた。妙に忙しくなってしまったのである。
でも、体も心も前以上に元気になったいまだから、人の期待も背負っていける自信が生まれた。
この新たなるプロジェクトの発表は、おそらく2ヶ月後くらいにできると思うので、とりあえずお楽しみに。
で、及川がどんな責任を負わされるのか、それもお楽しみに。 |