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最近、不思議な女性に出会った。
その人は一見いたって普通。むしろ普通の人以上にちゃんとしているし、それなりに気も遣える。年齢は40歳を越えたくらいか。
何が不思議かというと…。およそ人間離れした心の持ち主であるってことだ。まるで「卵の剥き身」のような状態で、よくいままで生きてこられたなぁと思ってしまうほど。
人を疑うことをまったくせず、嘘もつかないし、誰かの悪口も言ったりしない。これだけだとただの善良な人に過ぎないが、とにかく彼女は「無垢」なのである。
また、人に嘘をつかないかわりに、人の嘘や冗談も見抜けない。子供でさえわかる冗談が、彼女にはまったく通じないのである。つまり、騙されていても全然気付かないということだ。
たとえば、誰かがささいなことをネタにして、冗談で彼女に怒る。まわりの皆はそれが冗談だとわかっている。だけど、彼女一人が本気で怒られていると信じて、そのうちに泣き出してしまう、というような具合。
頭が弱いのとはまた違う。警戒心やら猜疑心やら、人が人として生きるために必要な知恵が欠如している、と言った方がいいのかもしれない。
私の周りには、やたら世渡りのうまいヤツや、頭が悪いくせに人を利用することだけは長けているヤツなど、したたかな人間ばかりが「有象無象」もしくは「海千山千」となってはびこっている。また、世の中を女一人で渡っていくには、ある程度のズルさも必要だったりもする。
だから、彼女のような、はっきり言って「おめでたい」人は初めてだった。
さらに、彼女は英語がほとんどできない。レストランの予約や電車のチケットを買ったりすることもできないほどだ。なのに、平気で何ヶ月も一人で海外に出掛けていく。泥棒に遭ったり、誰かにひどい目に遭ったりしたことも、いままでまったくなかったらしい。
彼女にとって出会う人すべては「いい人」であり、その人たちが住んでいるところは「いい国」である(そんなわけないじゃん!)。もっと言えば、いままでの人生でめちゃくちゃイヤな目にも遭ったことがないと言う。
「私はラッキーだから…」
彼女はそう言い張るが、いくら運のいい人間でも、よその国に行けば一つや二つのトラブルがある。長く生きていれば、望まなくともろくでもないヤツにも出会う。
でも、彼女にはそんな経験がない。と言うより、普通の人にとってはひどく落ち込むような出来事さえも、彼女の中では重要さを孕まない。すべてポジティブに受け止められるのだ。
そんな話を聞いていて、もしかしたら下手に英語が喋れたり、中途半端に頭が良かったりする人間ほど、悪い人間に騙されたりヒドい目に遭ったりするんじゃなかろうか、と思ってしまった。
ちなみに、及川。片言の英語が喋れて、非常に中途半端に賢い(自分で言うのも何ですけど…)。だから、さんざんイヤな思いをしてきた。まぁ、人より怒りの沸点が低いところにあるので、
「なんで、そんなことで怒ってんの?」
と言われるくらい、小さな小さなことに反応しすぎるというのもあるが…。大らかな気持ちで何事も受け入れるなんて、絶対に無理だ。これは及川のキャラクターというよりは、単純に人としての器の狭さである。
私のことはさておいて…。
彼女は一応独身である。だからもちろん、海外に行けば「恋のお誘い」も受けることがある。
「誰もいい人が見つからなければボクと結婚しようよ、なぁんて言ってくれた人もいたんですぅ〜」
そんな話をするときは、とても嬉しそうだ。でも、そういうことを何人もの男に言われながら、結果的に誰とも恋人になっていないし、一夜限りの情事というのもなかったらしい。
「誰もいなければって…。ずいぶん遠慮がちな感じだけど、もっと積極的に言い寄って来る男はいなかったの?」
「いいえ、いませんけど…」
うんと軽めの甘い囁きはある。しかし、誰一人として、それ以上に踏み込んできた人はいないとのこと。
なるほど。
おそらくガイジンも気付いているのである。もし彼女と「ナニゴトか」をしてしまったら最後、絶対に逃れられなくなるだろうということを。
情事の快楽に溺れさせ、時にはそれを餌に金を貢がせる、いわゆる「ジゴロ」はどこの国にもいる(日本にもね)。彼らは飴と鞭でうまく女を操り、用済みになったら捨てるというようなことを繰り返し、最終的には逃げる。
しかし、あまりにも無垢で何も疑わない人間に対しては、その飴と鞭は効き目を発しない。何が飴で、何が鞭かが理解できないからだ。そして、いったん快楽を知ったが最後、きっと彼女は男のもとから離れなくなるだろう。地獄の果てまでついて来られるかもしれない。
私たちはこういう女のことを「地雷女」と呼んでいる。つい踏んでしまえば身体バラバラ、下手すれば死に至るっていう意味だ。
たとえ言葉は通じなくても、ジゴロたちはプロ。直感で地雷を避けるのだろう。
自分だけは騙されない。彼だけは絶対に悪い人じゃない。自信たっぷりでいたくせに、1年後2年後に泣きを見ている女たちも多い中。
「みんな、どうして騙されちゃうんでしょうねぇ。って言うか、なぜそんな悪い人に出会っちゃうんでしょう。きっとツイてないんですかね?」
彼女は不思議そうに呟く。
いえいえ、運がいい悪いじゃなくて…。騙す前にヤバいと見抜かれ逃げられる。しかも、一欠片もそのことに気付いていない。あなたが特殊なのよと言いたい及川であった。 |