及川眠子 Diary日記風エッセイ「ムカつく私がバカなのか、それとも世間が悪いのか」
 
<< 前のページ  |  次のページ >>
2007年4月13日(金)
■ 22.命の次に大事なもの

 自分以外の人間が、全部バカに見えはじめるとヤバいらしい。気付かぬうちに、天狗になってるということなのか。謙虚さを失うと、ろくなことはないもんな。

 だけど、時には心の底から、しかも相手の胸ぐらを掴み5センチくらいの距離で、面と向かって「バカかっ!」と言いたくなることがある。
  私をそこまでの気分にさせるバカ。それは「ウォークマンをしながら、携帯電話のメールを見ながら、自転車に乗っているヤツ」である。このあいだも、そんな「ながら娘」にあやうく轢かれそうになった。この場合、ほとんど走る凶器である。
  もっとひどいのは、それで車道を走っているバカ。これは自らが凶器と化すとともに、自殺行為に等しい。

 携帯メールに夢中になるあまり周囲の注意を怠り、プラットホームから線路に落っこちたというようなニュースもあったのに。自分一人がケガをするだけでなく、ほかの人たちまでも迷惑を被る。当たり前だが、決して褒められたことではない。
  また、車を運転しながら、メールを見たり書いたりしているヤツもいる。もちろん、そんな行為は法律で禁止されているし、見つかれば罰則が課される。しかし、法律で規制する以前に、していいことと悪いことの区別が付かないのだろうか。
  そんなに携帯電話って大事なの? 
  それとも、そういう危険な行為をすることで、スリルを味わいたいのか。あるいは、いつ死んでもいいというサインなのか。

 まるで「命の次に大事なもの」のように、携帯を握りしめ、あるいは首から吊し、片時も肌身離さず持ち歩く人たち。そこまでして「誰かと繋がっていなければ」不安になる、それはもう病気に近い。
  人の生死がかかっているのならともかく、「いま話さなきゃいけない」「いまメールで伝えなきゃいけない」というような事柄は、実はそんなに多くないはず。なのに、携帯を離すことができない。どこかに置き忘れた日にゃ、パニックに陥る。
  まるで携帯電話の奴隷みたいじゃないか。

 ところで。私自身は携帯のメールができない(受信されたものを読むだけならできる。返信の仕方はわからない。覚えようともしないし)。日々の業務連絡は、PCのメールで充分である。急いでいるときは電話をかければいい。どうでもいいようなことを、メールでしょっちゅうやり取りしていられるほど暇でもない。
  電車やバスの中で、電源を切ったりマナーモードに変更したりしていないとき、タイミング悪く電話がかかってくることがよくある。6回くらい鳴っても出ないと、勝手に留守電に切り替わるので、いつもそのまま放置するのだが、時々やけに親切な人から、
「電話鳴ってますよ!」
  と言われることがある。たぶん私が気付かなくて、それで教えてくれているんだろうと思うのだが…。
「知ってます。ごめんなさい。すぐ留守電に切り替わりますので」
  そう返事すると、なんで電話に出ないのみたいな表情をされる。
「出なくていいの?」
  とまで聞かれたこともあった。見知らぬ他人に電話の心配をしてもらわなくても、及川はちゃんと都会で(田舎でも)生きていけるぞ。

 だけど、相変わらず電車やバスの中で、大声で電話しているバカは減らず、また、電車のアナウンスも「ほかの方々のご迷惑になりますので、携帯電話のご使用はお控えください」とかなんとか、一つ覚えにくりかえす。日本には幼稚園児しかいないのか、と問いたくなる。
  だったらいっそ、もっと徹底的に取り締まればいい。「道路にゴミやタバコの吸い殻を捨てたら○○円」みたいに。そして、その徴収した罰則金を国の財政にまわせばいいのである。
  迷惑行為と本気で戦うのなら、罰則を強化するしか方法がない。実際に、喫煙の取り締まりを強化した千代田区や文京区では、屋外でタバコを吸っている人を滅多に見掛けない。

 私が携帯電話を購入したのは、その契約金がまだ8万円を超えている頃であった。当然ながら、周囲には携帯を持っている人は僅かしかおらず、またその機器も子機くらいの大きさだった。それをバッグに入れて持ち歩いていたわけである。もちろんその頃は、いまみたいな携帯絡みの事件などもほとんどなかった。
  その後、契約料はどんどん安くなり、いまでは小学生でも携帯を持っている。子どもを守るためには必要なのかもしれないが、恐ろしいほどの速さでメールを打っている子どもを見るたび、何だかイヤぁな気持ちになってしまう。
  ちなみに、私の毎月の携帯の使用料金は6000円前後。仕事でも利用しているのに、おそるべき金額の安さである。ま、最近はほとんどメールでの連絡だし、家にいるときはIP電話からかけているので、料金がそれくらいでも不思議はない。人に言うとびっくりされるが。

 携帯電話の存在は、世の中を本当に便利にした。いまや世界のどこにいても、携帯とPCがあれば連絡可能だし、いつもと同じに仕事ができる。
  しかしまた、同時に様々な弊害も生んだことは確かだ。そんなことは、私がいまさら言うまでもない。
  電話が鳴らないと、なぜかホッとする。電話好きだった私が、携帯が鳴るたびに妙にドキッとするようになったのも、また事実である。


<< 前のページ  |  次のページ >>
  最新情報 メール 及川眠子公式サイトHOME