及川眠子 Diary日記風エッセイ「ムカつく私がバカなのか、それとも世間が悪いのか」
 
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2007年3月19日(月)
■ 17.そんなことないよ

「あたしって、すごくだらしないし、怠け者だし…。いいところなんて全然ないの」
 人が「そんなことないよ」と言ってくれるのをわかっていて、わざと自分を貶めることを言う人は多い。特に女。

「あたしって、ほんとにダメな人なのぉ」
「そんなことないよー。あなたはとても真面目だしさ、いいところもたくさんあるよ」
「ええっ。そんなこと、そんなことないよぉー! あたしなんて、何の取り柄もないし…」
「そんなことないってば。たぶん人よりちょっと不器用なだけだよ」
「ほんとぉー? えー、そうなのかなぁ…」
お互いに「そんなことないよ」の応酬。ああ面倒くせえ。いい加減にしろと言いたくなるような会話である。

 これは十代、二十代の女ではなく、しっかり中年の域に入った女たちが話していることなのだ。正直言って、気持ち悪いの一言に尽きる。
乙女心という名の夢とロマンを抱えて、女街道ひた走り。まだまだ捨てたもんじゃないわよと言いたいのだが、そこをストレートに見せすぎると、「ナニとち狂ってんの?」と言われかねない。だから、あえて自己否定から始めてみるというワケか。
自分に自信がある人ほど、あえて自分を悪く言って相手の反応を見る。なんか、人の気持ちを試しているみたいでヤだな。
「そうね。あなたは平凡な人だからねぇ…」
なんてうっかり言っちゃうと、友人関係も粉々に崩れてしまうんだろう。

 これは、前回『ダメな人』の中で記した、「自己評価が高すぎるゆえに自分のダメさに気付かない」人とはまた違う。世間の自分への評価と自己採点が合っているのかどうか、それが気になる人とでも言ったらいいか。
もしくは、自分の存在は何なんだろうと、相手の視線をとおして確かめようとする。一種の自分探しみたいなもの。

 しかし最近になって、「そんなことないよ」という返事は、一種の社交辞令かなと思うようになった。それで関係がスムーズに行くのだったら、それはそれでいいのかもしれない。
たとえば私みたいに、相手を必要以上に褒めず、また、自分が褒められてもムキになって否定しない。不自然なほど褒められた場合のみ、そうじゃないことを理論的に説明する。…というようなタイプは、それこそ「とりつく島がない」状態。会話がトントンといかない、ということに気付いたのである。
「眠子さんは、社会的にも認められているから…」
「だって、努力したもん!」
じゃ、話が続かんのだ。
きっと私は、会話のキャッチボールさえできない愚鈍なヤツだと、みんなに思われているんだろうなぁ。

 だけど、自分をけなす、貶めると言ったって、とことんまではやらない。言い換えれば、自分の本当にダメな部分は絶対に人には語らない。「おっちょこちょい」だとか「怠け者」だとか、せいぜいその程度。あと、「方向音痴」なんてのもある。
致命的とはならないくらいの欠点を挙げて、それとは違う部分で自分を賞賛してくれ、と思っているのが見え見えじゃん。

 また、自己批判を受ける方も受ける方で、決して相手のいちばん深い部分にはさわらず、また、傷つけたりもせず、やんわりと相手が掲げる欠点を否定してあげる。「不器用」だとか「誤解されやすい」とか、あるいは「要領が悪い」などなど。
ま、要するに、幼稚だと言いたいだけなんじゃないの。でも、そうは言わない。「素直すぎる」みたいな言い方に変えてあげる。
「あんたの精神年齢は、小学5年生で止まっている!」
以前、ぐちゅぐちゅ言う相手にそんな言葉を投げつけたら、それからしばらくは口もきいてもらえなくなった。思ったことを正直に言ってはいけないのである。
壊れやすいハートを抱えた、いつまでも乙女のままの女性たちと話すときには、言葉の一つ一つに気を配らなきゃ、付き合いが長続きしない。

 そういや、私は男の友だちとは、比較的長く付き合っている人が多い。たまに5年間くらい会わない話さない、ぽっかりと空白時期があっても、会えばまた以前と同じように交流できる。
だけど、女性は一時期はすごく密に付き合うのだけど、何かあったときにいきなり疎遠になることが多い。たぶんお互いに、相手に対して許せないと思う部分が出てきて、遠ざけてしまうのだろうと思う。

 私は「そんなことないよ」と相手をうまーくおだててあげて、だけど決して心の奥には踏み込まない、そんな関係性を築くのが苦手だ。半年に一度くらいお茶して、差し障りのない話をするだけの、希薄な友人関係を続けているのもまた楽しくはあるけれど。
時には傷つけることを承知で、相手に言いたいことを言う。大切な人であればあるほど、相手に対して正直であろうと思う。「一緒にトイレに行く」ような関係は、高校生の時まででいい。
社会というものが介在すると、たとえ友人関係であっても、そこに多少の損得勘定が生まれる。お互いに社会生活に足を置いていると、そこから仕事が発生することもある。もちろん、仕事には金銭が絡む。
だからこそ、よけいな小細工で相手を試したくない。言葉遊びで時間を費やしたくない。そう思うのは、私だけなのだろうか。

 先日、何年ぶりかで仕事関係の人と会ったとき。
「眠子さんは、いつまで経っても変わりませんねぇ…」
「おう。相変わらず可愛いだろ」
「…(シーン)」
ウケを狙って言った言葉だったのに、笑ってさえもらえなかった…。
「そんなことないですよ」と、ちょっとは謙遜することを覚えた方がいいのかもしれない。

 

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