及川眠子 Diary日記風エッセイ「ムカつく私がバカなのか、それとも世間が悪いのか」
 
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2007年2月24日(土)
■ 12.上げ底の人生

「俺がもしポルノ・グラフティのヴォーカルのような声だったら、きっと人生変わってただろうなぁ…」
 かつてはシンガー・ソング・ライター志望、現在は地方の中小企業のオヤジである友人が呟く。
「私も佐藤江梨子のようなプロポーションを持ってたら、絶対に作詞家になってなかったと思う」
 及川もついつられて呟く。
「欲しいよなぁ、ポルノのヴォーカルのような声…」
「代われたらなぁ、サトエリみたいな体に…」
「100万円出してもいいぞ!」
「おおっ、もちろん! 100万円出すぞ!」
 そして、二人思わず顔を見合わせながら、
「安っ!」

 つまりその程度の欲望なのである。自分の全財産をはたいてでも何とかしたい、みたいな切迫感はない。あったらなぁ代われたらなぁ…と冗談ですむほどの、ないものねだりである。
隣でその会話を聞いていた別の友人は呆れるばかり。
「二人とも今の生活に困っているわけじゃないし。いいじゃないですか、そのままで」
片や一応会社経営者。片やとりあえずヒット曲もある作詞家。経済的に困窮しているわけでもなし、今の仕事も好きである。また、双方とも既婚。夫婦仲は概ね良好。特別困っていることもない。むしろ人生に対する不満や物足りなさは、人よりもたぶん少ないと思う。
「でも、欲しいものは欲しいんじゃー!」
聞き分けのないガキのように地団駄を踏んでしまう、48歳と47歳の二人であった。

 決して若い頃の自分に戻りたいなどとは思わない。それは今までの時間をきちんと生きてきたという自負心もあるからだ。
ただ、人生の終着点が見える頃になって、新しいものを手に入れてもう一度勝負してみたいと思うのは、そんなに変なことなのだろうか。それはまた、手に入りにくいものほど美しく思えて、つい言わずにいられなくなってしまうのだ。

 だけど。もし私が、サトエリの体と竹内結子の顔で生まれていたなら。そのうえに、片山さつき並みの知力があったならば。でも、この性格と根性が据え置きならば…。とてつもなくイヤな女には違いない。少なくとも私は、そんな女とは友だちになりたくないな。
私は人気者ではないし、私のことを大嫌いな人がたくさんいるのも気付いている。それでも、かろうじて友だちと呼べる女性も何人かいて、一緒にごはんを食べたりできるのも、
「女としては、自分と同じくらいかちょっと下」
と思われている部分があるからだろうと推測する。また、そういうふうに思われていてもべつに腹が立たないのは、最初から勝負を投げているからでもある。

 このあいだ、洋服を買いにいった店で。
もっと派手なのはないか、びっくりするくらいの面白いデザインのものはないか、てなことを要求していたら、
「やっぱりお仕事柄、ある程度目立つものじゃなきゃダメなんですか?」
と、お店の人に訊かれた。もちろん、違う。
持って生まれたものだけで勝負できない女は、いかに自分に嵩を増すかを考える。派手な服、奇妙な服を着るという行為は、嵩高くする方法の一つであって、さらに自分自身よりも外側に目をいかせるという作戦なのである。
「あ、やっぱり勝負しなきゃいけないんですか?」
だから、王道では確実に負けるので、傍流をいくわけだ。それは、高速道路を走るポルシェやベンツの仲間に入るのではなく、田圃のあぜ道を行く耕耘機としてトップクラスになるってことでもある。

 シンプルで上品なスーツを着れば、田舎者ばればれ。とりあえず派手なもので目くらまし状態にして、それなりの値打ちのあるものに見せきゃ、みっともなくて表にも出ていけない。ただでさえ作詞家どころか「クリエイティヴな仕事をしている」というふうに見てもらえない私は、素を押し通せば押し通すほどに、クライアントからも信用がなくなる。
また、「中身で勝負」できるほどの人間性もない。だから、必死で面白いことを考えて、ちょっとはお勉強もして、なるべく人を楽しませようとする。そうやって自分に嵩を増やしていくのだ。
ほんとはシマムラで売っている程度のものなのに、いかに技を利かせ希少価値を付けて、西武百貨店で売れるようにできるか。それが私という人間の課題なのである。
しかし、所詮は面白グッズの一種なので、ウィンドウケースに飾られることはない。ひたすら店の片隅で、マニアの来店を待つのみである。

 そんな努力をまるでバカらしいことのように、
「あなたは、あなたのままでいいんだよ」
私に向かってそんなことを言うヤツ。スッピンにTシャツとジーパン姿で、渋谷のセンター街で腕を組んで歩いてやる。さぁ、その勇気があるか。

 すごく美人で頭も良く、幸せな結婚生活を営んでいる友人がいる。若い頃に比べるとさすがにオバチャン化はしているが、それでも美人は美人。五体満足以上に産んでもらえて幸せな人生だろうと、私から見ればそう思う。
その彼女と最近会ったとき、しみじみと語っていた。
「ある程度年齢を重ねれば、顔の造作は大して重要じゃなくなるんですよ。年をとって大事なのはやっぱり肌。肌が綺麗か汚いかで、これからの人生は分かれますね」
そんなもんなのか…。
「だから、綺麗な肌が欲しいっていつも思うんですよ」
上げ底にしなくていい人にも悩みはあるんだな。

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