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あの人には昔いろいろとお世話になって…。また、あの人には何度も助けていただいて…。
恩義を感じる人を称して、いつもそういうふうな説明をする。だけど、それ以上にポピュラーな言い方があるのは知っている。
「○○さんには可愛がっていただいて…」
しかし、私は誰かに対して、一度だってそういう言い方をしたことがないなぁと気付いた。
お世話になったり助けてもらったりした人には、もちろん感謝もしている。でも、どんなに大事にされようと、それは「可愛がってもらった」という気持ちには繋がらないのだ。
もしかしたら、それは常に誰とも対等だと思っている、自分の生意気さが原因なのかもしれない。あからさまに「自分が下」というような関係には、どうも馴染めないのである。
年齢や経験は相手が自分より多くある限り、どんなに頑張ったところで越せない。それに対しての敬意は、当然払うべきである。だからと言って、最初から謙ったような態度では臨みたくない。相手が誰であろうと、いつも目線は同じでありたい。
…まったく、可愛気のない言いようである。と言うか、可愛がられなくて当然である。
私は浮き沈みの激しい業界で仕事を続けてきた。でもそれ以上に、時代や社会自体がなんぼでも浮いたり沈んだりする。かつて世話になった人を、今度は自分が世話をすることだってあるだろう。
そんなとき、上下関係をいつまでも引きずっていれば、それが逆転し、相手を見下してしまわないか。私はそうはなりたくないのである。
人に対してコビるヤツは、人をナメる。
自分が上下関係の中に入らない、常にニュートラルな位置にいれば、人をナメたり人にコビたりしなくてすむ。自分が相手と対等であると思えば、相手もきっと対等でいてくれる。そして、そんな気持ちは相手との年齢や経験などを越えて、友情を生むのである。
人に助けられるときがあれば、人を助けなきゃいけないときだってある。得することばかりを考えるから、自分より上位の者としか付き合わないというのは、人として情がなさ過ぎる。
また、私は先程「友情」という表現をしたが、それは絆や信頼のことであって、互いに馴れ合いになるということではない。
もうずいぶん前のことだけど、友人の作曲家に、
「眠子さんは友達なのに、全然仕事を紹介してくれない」
と言われたことがあった。仕事が欲しいから友達でいたのか…。そう受け取られても仕方のない発言である。それとも、ほかの人たちは友情関係で仕事をしているのだろうか。
そういや…。
「会社で友達ができない」
なんてバカなことを言うヤツは多い。会社は仕事をする場であって、友達をつくりにいくところじゃないだろうに。
仕事において、時には情が必要なこともある。だけど、情だけで仕事を動かせば、冷静な判断力を奪われる。
そんなことを考えていると、もしかしたらいつも相手と対等で、なおかつ一定の距離を保ち続けることは、ものすごく難しいのではないかという結論に至ってしまう。むしろ上下関係で括っていた方が、付き合い方も楽なのかもしれない。
以前私を担当していた女性マネージャーは、ディレクターたちに対して平然と、
「可愛がってください!」
と言える人であった。私はビックリしてしまったけど、最初から「私はあなたの下よ」というふうに出て、相手に優越感を与え仕事を振らせるのも、それはそれで賢い手口なのかもしれない。ま、女だからこそできること、ってのもあるし。
べつに「可愛がっていただいて…」と言うことが、悪いことだとは思っていない。言い回しの一つにすぎないというのもわかっている。ただ、私にはどうしても抵抗がある、ということだ。
このあいだも、相手もえらそうな物言いにムッとしてしまい、つい自分より年上の人間に向かって、
「あなた、何様?」
と言い返してしまった。こんな及川を、可愛がりたいと思うようなヤツもまずいないだろうしなぁ…。 |