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2006年4月4日(火)
18.顔を晒せ!

 島田紳助が司会している番組は面白いものが多くて、時間のあるときによく観ている。
 なぜ面白いかと言うと。まず司会者がゲスト(有名人)のプライベートにふれる。そして、ゲストもそれに応えるように、自分の私生活や過去をどんどん暴露していく、といった内容のトークが多いからである。
 ロンドンハーツの番組なんかもその傾向で、だからきっと視聴率も高いのだろうと思う。

 単に司会者の誘導がうまいのか。それとも、今やプライベートをあけすけに喋れないと、テレビの世界で生き残っていくのも難しいのか。
 アイドル歌手だった人たちも、美人女優と呼ばれる人たちも、お笑い芸人並みに自分をさらけ出している。「ここまで喋っちゃっていいの?」と、観ているこちら側が心配してしまうほど、みんなよく喋る喋る。
 芸能人をやるのも大変なんだなぁ…。

 しかしそれとは逆に、ネットの普及が進むにつれ、悪質な書き込みやメールを送るなどをする匿名の輩は増え続けている。
 自分のことはあくまで伏せて、相手を一方的に攻撃する。相手の反撃が届かない安全な距離から(その安全性を守るものが、匿名であるということなのだが)、悪意のミサイルを放ち続ける。いったい何を求めているのか。
 こういう人たちがどんな生活をおくっているのか、またどんな過去を過ごしてきたのか、まじまじと観察してみたくなる。

 夕方のニュースの特集でよく観る、たとえば「駐車禁止の場所に堂々と駐車するバイク」「一方通行なのに、近道だからと平気で通行する車」「多摩川でバーベキューをしたあと、ゴミを放置する人たち」などのプログラム。
 キャスターやディレクターがそういう行為をする人をつかまえては、なぜ違反だとわかっているのにやるのかをインタビューする、という内容。もちろんインタビューされる側の顔には、しっかりモザイクがかかっている。

「あ、知りませんでした。次からはやめます」
 違反だとわかっていながら、しれっとした表情(たぶん)で答えている者もいれば(でも、こういうヤツらがいちばんタチが悪いんだろうなぁ)、
「だったら、県の方でもきちんと考えて、バイクが駐車できるスペースを確保するべきです」
「違反者を叩く前に、まずこの渋滞を何とか緩和させる方向に考えられないでしょうか」
 自分も被害者の一人なんだと言いたげに、いかにもな論理を吐くヤツら。だからって、違反していいってことにはならないぞ。
 それに加えて、
「うるせぇんだよっ! おまえらにそんなこと言われる筋合いはない!」
 と逆ギレするヤツら。
 そして、人々の様々な反応と県や国の様々な対応を報告するだけで、何の戒めにもなっていないテレビ番組。

 私はいつも思うのだが、少なくとも自分は(違反したことを)間違っていないと訴える人たちや逆ギレするような人たちは、顔を晒させるべきである。まぁもちろん、そんなことをしたら人権団体が黙っちゃいないだろうが。
 しかし、顔をモザイクで隠されているからこそ、暴言を吐いたり理屈で訴えたりできるような勇気って、ほんとにセコくないか? 人権という傘に隠れて、ものを言うんじゃないよ。

 人権で思い出したが、捕まった犯人の手錠にモザイクをかけるアレ。顔はメディアに晒しているくせに、手錠にはなぜかモザイク。
 どんな凶悪犯にも人権はある。と言うのが人権団体の言い分で、だから「罪を犯した人間を示す象徴である」手錠を映させないわけなのだろうが、観ているこちら側はほぼ100パーセントの確率で、手錠が存在を認知している。まさかあのモザイクの下に、女物のパンツや陰部が大写しになったポルノ写真が隠されている、と思っているバカはいないさ。
 ミッキーマウスが描かれた手錠とか、キティちゃんのシールがぺたぺた貼られた手錠なら、ディズニーやサンリオに怒りまくって抗議される恐れがあるかもしれないが…。
 人権団体って、何だかやることがまぬけだなぁ。

 テレビの中では、なぜそこまでと言いたくなるほどさらけ出している人たちと、なんでそんなことを隠さなきゃいけないのというような事柄と、極端なものしかないように感じられるこの頃である。

 先日、古い雑誌を見る機会があった。そこには1974年に起きた三菱重工ビル爆破事件の被害者(つまり死者)の写真が載っていた。1985年の日航機墜落事件のときも、山の尾根に散らばる数々の死体の写真が雑誌に掲載された。
「今じゃもう載せられないよねぇ…」
 みんなとそういうことを言い合いながら、言葉狩りも含めて、メディアに対する規制がどんどん厳しくなっている話に及んだ。べつに私たちは死体の写真を見たいわけじゃないのだが。
 逆に、このあいだ『ベティ・ブルー』のDVDを買って、久しぶりに見直してみたら、上映当時観た頃にはしっかりあった陰部のモザイクが消えていた。ベアトリス・ダルとジャン=ユーグ・アングラードのものすごーく濃いアンダーヘアーを見させられることになってしまった。べつに私は陰毛を確認したかったわけでもない。

 こういうのを「二分化している」って言うんだろうか。
 …たぶん違うだろうな。




 
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