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「腹が立つことなんて、ほとんどない」
そう言いきる人がたまにいる。すごいよなぁー。いったいどんな心のトレーニングをしたら、そうなれるのだろう。
年をとれば自ずと体力も気力もなくなってきて、ささいなことにいちいち怒っていられるエネルギーもなくなると言う。人に多大な期待をかけたりしないようになり、また、あきらめることを覚えるからとも。
確かに怒るのって、喜んだり悲しんだりするより、もっとパワーを使う。
誰よりも優しくて、誰よりも温厚な人でいたいのに、相変わらずつまらないことに腹を立てている私って、若い証拠なのか?
しかし、以前は何かムカつくことがあるたび、友人に電話をし、2時間も3時間も喋りまくっていたが、最近ではそういうことはなくなった。と言うより、電話自体をしなくなったしな。ほとんどメールで用が済んじゃうのって、いいことなのか悪いことなのかよくわからないけど、少なくとも自分の中で鬱積したものを人にぶつけることて迷惑をかけることは少なくなった(かも)。
怒りってさ、自分の中でコロコロ転がしているうちに、次第に消えちゃうものなのだ。
ほんとに腹が立って、友人宛のメールにそのことをつらつらと綴っていても、そのうち面倒くさくなって途中で削除しちゃうことがほとんど。
怒りを整理しているうちに、怒りそのものじゃなく、いつしか一つの「ネタ」になっていく。
まぁ、そういう意味では、怒りを感じることは、こうやって何かを書くための原動力の一つにも成り得るわけだ。私にまだ詞を書ける力が残っているのは怒るパワーがあるから、ってことにも繋がるのかもしれん。
と、自分の怒りを正当化してみるのだが、でも夫に対してはどうしてもそのときそのときの怒りを直情的にぶつけてしまう。
何度も起こしたのに起きなかったとか、私が仕事しているのに大きな音でテレビを付けたとか、履いていた靴下をリビングに脱ぎっぱなしにしたとか。もおっ実にくだらんことで、ぶちぶちと文句を言い続ける。
それに対して、感心するほど我慢強く耐えている夫なのである。
私は自分の身近にいる人間に対して、最も攻撃的になってしまう性質なので、自分で怒っておいて何だが、時には気の毒になるくらいである。私が彼だったら、こんなヨメは絶対にいらんわ。
でも、そうやって人に対して怒りをぶつけてストレスが発散できるのかと言うと逆で、むしろ怒ってしまった自分に嫌悪感を抱くのである。
悪いことしちゃったなぁ。イヤなこと言っちゃったなぁ。だから、もう二度と怒らないぞと誓ってみせるのだが、やっぱり30分後にはまた怒っている。
いい加減にせえよ及川、なのである。
だけど、私は基本的に説教好きな人間ではない。相手から意見を乞われない限りは、ほとんどその生き方だのやり方だのに口を出さない。
なぜなら、私は自分にしか興味がない人間だからである。人は人、勝手にやれば、と思っているから。
また、自分の人生において大して必要だと思っていない人に対しても、あっさりと割り切れる。何をされても、割と平気でいられるのだ。
以前、長い間一緒に仕事をしてきた人に、
「眠子さんはほんとに温厚だよねぇ。今まで怒ったところを一度も見たことがないよ」
そう言われて初めて、ああ私はこの人に何の期待も抱いていないのだなぁと実感したのである。
怒りを表に出して戦うよりも、ここはじっと我慢の子になっている方が、物事がスムーズに進むことも多いしね。それに、自分の中に封印しておいくことで、別のエネルギーにも転化できる。仕事とはそういうものなのだ。
だから、仕事でのみ付き合っている人たちの中では、私を「温厚な及川さん」だと思ってくれている人も多いかもしれない。
もしかしたら「怒ること」自体に向いていない人間なのかもとも思う。怒ったことで、ああせいせいしたっ!と思えたことはあまりないしね。だけど、怒らないでいられない。
私って何なんだ…?
もう半年以上も前に、自主CDを制作してくれる人を紹介してほしいと、ある知人に頼まれた。
で、仲のいいディレクターを紹介し、制作費の見積もりやその人のスケジュールまで出してもらったのだが、
「うーん…。高いなぁ」
名前の知れたミュージシャンを使い、ちゃんとしたものを作ろうと思えば、それなりに制作費はかかる。当たり前だ。
「ごめん。もう一度仕切り直して、また連絡するから」
そう言ったきり、その後なしのつぶてである。
先日、別の用で電話をかけたときに、そのことについて尋ねてみた。すると。
「えっ。仕切り直す、ってのがお断りの意味だったんだけど…」
そんなお断りの返事は世の中じゃ通用しませんっ。てんで、久々に他人に対して明確な怒りをぶつけてしまった私。
もう少し大人の対処ができませんか?(自分だってできないくせに)
私の顔を潰す気ですか?(全然潰れてないってば)
音楽業界は人間関係でつながっているんですよ。(人間関係だけじゃないよん)
…説教なんてちっとも好きじゃないのに、冷静に怒ろうとすればするほど、なぜか説教臭くなってしまうのよね。
しかし、シロート相手にねちねちといじめながら思ったのは、自己嫌悪に陥ると共にストレス発散の気分も味わえるというもの。まるでサドの自分が、マゾの自分をいたぶっているような感じであった。どっちの比重が高いのかは、怒る相手と内容にもよるが。
怒りは自己を計るバロメーターにもなり、人生を考えるきっかけにもなる、ってか。 |