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2006年3月13日(月)
14.歌手に恋して

 仕事の資料として、ここのところ洋楽ばかり聴いていたものだから、無性に日本語の「いい歌」が聴きたくなった。
 私の聴きたい「いい歌」とは、つまり「いい歌手の歌」のこと。サウンドが斬新だとか売れているとかじゃなくて。本気で歌の世界に没頭させてくれるような歌を欲したのである。

 選んだのは、ちあきなおみとテレサ・テンだった。この二人は、楽曲がいい悪いという以前に、歌唱自体が素晴らしい。
 美空ひばりは天才だったけど、あの何をも寄せ付けぬ歌唱力が、私はどうも苦手である。ともすれば、聴いている側に緊張感を強いてしまう。美空ひばりに比べて、上記の二人はリラックスして聴けるところがいい。
 しかし、私が持っているちあきなおみのCDはずいぶん前に出たもの。テレサ・テンのCDは何枚か持っていたはずなのに、なぜか1枚も仕事場にはない。
 で、アマゾンでいろいろと検索。いちばん最近発売されたベスト盤を、各1枚ずつお買い上げ。近頃はCDショップにほとんど行かなくなった。世の中便利になったもんだ。

 ちあきなおみは現在休業中。おそらくもう復帰することはないだろうとも思う。また、テレサ・テンは誰もが知っているとおり、11年前に亡くなった。
 私が「詞を書きたい」とずっと思い続け、敵わなかった二人である。
 実を言えば、テレサ・テンには一度だけディレクターから依頼が来て、詞曲で何作かプレゼンをしたことはある。でも、方向性が違ったようで、それは「お皿」にはならなかった。(そのうちの1曲を、その後別の歌手のところに持っていって採用された)
 でも、正直言って日本語も拙い、ものすごく上手いわけでもないテレサ・テンの歌なのに、なぜあんなにも人の心を打つのだろう。私自身、久しぶりに彼女の歌を聴いてみて、泣きだしたくなるくらいに心を揺さぶられた。

 もうずいぶん前、トーラスレコードで打ち合わせをしていたとき。私がいた会議室の衝立の向こう側から、『時の流れに身をまかせ』が流れてきた。
 その瞬間。私は打ち合わせにならなくなってしまった。歌に聴き入ってしまい、相手の話が耳に届かないのだ。
 確かまだ発売前だったから、誰の歌だかわからない。
「これは誰が歌ってるんですか?」
 もしほかの歌手であったなら、きっと自分に書かせてくれと言っていただろう。
 当時彼女は『つぐない』や『愛人』などでヒットを飛ばし続けてきたし、彼女の歌は作詞家・荒木とよひさと作曲家・三木たかしが書くものだと思っていたから。また、荒木・三木コンビが書いたものは、ほかの作家が付け入る隙のないくらいにいい楽曲であった。

 歌を聴いているあいだにそういうことも思い出し、次に有田芳生著『私の家は山の向こう』を買って読んでみた。
 これは『テレサ・テン、10年目の真実』と副題が付いているとおり、今まで彼女の「謎」とされていた部分を、いろんな人たちへの取材を通して追っていった本である。
 私はタレント本をまったく読まない。誰かの生涯、といったようなことにも興味がない。なのになぜ買ってしまったのか自分でもわからないのだけど、この本自体は長い時間をかけ、また丁寧に取材を重ねて書かれたもので、とても好感が持てた。スキャンダラスな部分だけを強調したタレント絡みの本とは、全然タイプが違う。ノンフィクションとしても、とても優れたものだと思う。
 ワイドショーで当たり障りのないコメントをするだけのおじさんだと、ずっと思い込んでいた。ごめんなさい。

 しかし、そんなことよりも。
 歌うことを運命とする歌手にめぐり逢い、楽曲を提供し続けられた作家は本当に幸運だと思う。私もそうだけど、何年にも渡って同じ歌手に楽曲を書くというのは、ある意味相手に恋をするのと同じようなことなのだ。
 ほぼ結成から解散までWinkやCoCoに詞を書き続け、彼女たちの「成長」を見られたこと。やしきたかじんがポリスターに移籍して以来、彼のアルバムの詞をずっと書いてこられたこと。大地真央に関しては、CDだけじゃなく舞台の仕事まで、十年以上も一緒に仕事ができたこと。
 イレギュラーな仕事が多い中で、そうやって何年にも渡って同じ人たちに詞を提供し続けられたことは、私にとって大きな財産になっている。
 そして次にも、それこそ「一生をかけて」書いていける歌手にめぐり逢えるたらと願ってる。

 テレサ・テンやちあきなおみのような素晴らしい歌手が音楽界にまた現れるのか、それはどうだかわからない。
 ただ、この人に書いてみたい、と思わせる歌手に出会うことよりも、この人に書いているというプライドが作詞家を育てる。恋が人を強くするのと同じように。




 
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