及川眠子HOME
Diary INDEX 2005


<<前のページ | 次のページ>>
2006年3月3日(金)
12.変な人

 行きずりで「変な人」を見掛けることはよくある。
 何に対してかわからないけど、一人で怒りまくっている人。電信柱に抱きついている人。バトンガールのように傘を振り回して歩いている人…。酔っぱらいではなく、頭の「どこか」が歪んだか穴が開いちゃったかしたような人たちである。
 そういう人たちを見てしまうたびに、なるべく関わり合いにならないよう知らないふりをして通り過ぎる。そういった対処の仕方は私だけではなく、ほとんどの「正常な」人たちも同じであろう。

 彼らは自らが抱えるストレスに耐えきれず「向こう岸」に行ってしまったのか、それとも自然に異質な部分が際だってしまったのか。もしかして正常だと思っている私たちの方がおかしいのか。
 原因なんて追及しても仕方ない。ただ、病院に入れなきゃとか、このままじゃ生活さえしていけないとか、他人の手が介在する手前で留まっている「変な人」たちは多いだろうと思う。

 先日、バスの中で見掛けた人。
 私が普段使用しているバスは、住宅地とターミナル駅をつなぐもので、地域の住人や沿線にある高校の学生くらいしか使わないのであるが、そのときは上下黒のジャージに身を包んだ、おそらく40歳手前と見受けられるような男性が、連れの男性と一緒に乗り込んできた。
 そしてバスに乗り込んだあと、彼はものすごく大きな声で、アダルトビデオの話を始めたのである。
「俺はさぁ。女2人、男7人でやってるのを観たかったんだけどさぁ。借りられなくてさぁ」
「でもなぁ。制服のシリーズはなかなか面白かったよ。ちょっと物足りないって部分もあったけどさぁ」
 聞くに堪えない内容である。

 さらに、彼は座席にすっぽり背中をうずめる姿勢で、その足は前の座席の上に置かれている。前に座った高校生の男の子たちは、その足が頭に当たったので振り向いて文句を言おうとしたが、彼を見た瞬間に躊躇してしまい、何も言わずに席を移動した。
 さすがに連れの男性は恥ずかしいのか、俯いてしまっている。たまに何か言っても小さな声で相槌を返すだけ。その後、目的の停留所が来たら、そそくさと下りてしまった。

 で、そのあと。一人になった彼は退屈だからなのか、靴を脱いで靴下の毛玉を毟り始めた。さらにその毟り方も、ちょっと尋常ではない。
 まるで自分の穿いている靴下が憎むべき敵であるかのように、ものすごい力で靴下の布地をつまみ上げ、今度は手についた毛玉や繊維をまたものすごい勢いで払うのである。
 何か憑いてるのか…?
 バスの中の乗客はその光景にたじろぎ、誰も彼を直視しようとはしない。まるで「そこには誰もいない」かのように振る舞い、平常心を保つ努力をしているように思えた。私もその一人であった。

 私はほぼ20年間、音楽業界という高い塀に囲まれた世界で、ごく一部の、いわば選ばれたような人たちとだけ付き合ってきた。むろん音楽業界以外の友人や知人もたくさんいるが、誰かからの紹介であることが多い。サービス業に就いている人たちのように、不特定多数の人たちを相手にするのとはまったく違う。
 もちろん、その中には変わった人もイヤな人もいる。常識がないんじゃないの、と疑ってしまうような人だっている。
 しかし、訳のわからないことでいきなり怒鳴りまくったり、人前で靴下の毛玉を毟り取るような人たちには、今まで出会ってこなかった。また、そういう人たちを相手にしてこなくてすんだ自分の人生に「ラッキー!」と思うしかない。

 コンビニやファミレス、デパートで働いているような人たちにとっては、彼のような人であっても客は客だと、丁寧に扱うことを強いられる。たとえ向こうが理不尽なことでごねようと、頭を下げつつ応対するしかない。
 ああ、私はほんとに幸運だ。
 バスの中でそういうことをしみじみと思いつつ、自分の人生に感謝した今日この頃である。

 しかし、またふと思ったことなのだが、彼はおそらく彼の世界の中では極めて「正常な人の道」を歩んでいるという意識なのかもしれない。
 と言うことはもしかしたら、私が何気なくやっていることも、周りの他人には「変な人」というふうに取られていないとは限らない。正常値を計れるものなんてないしね。病院や薬や人のお世話になっていないから、変ではないとは言いきれないのがこの世の不思議でもある。
 そういうことを考え出すと、本当にキリがなくなってしまうから怖い。果たして自分は普通なのか、それともどこかで道を間違えているのかもしれないとか。そして、その道は「向こう岸」に続く道かもしれないとか…。

 とりあえず。
 私は幸運である、というところで思考をストップしていた方が賢明である。




 
最新情報 メール