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「気が利く」タイプの人がいる。私の場合は「気が付く」である。
「眠子さんは明日からでも老舗旅館の女将になれる」
そう言ってくれる友人もいるくらい、私は気が付く人間である。
しかし、決して気が利いているわけではない。どうにも気が付いてしまう、といった感じである。
たとえば、みんなで飲んでいるとき。誰かのグラスが空くと、さっとビールを注いだり、取り皿が汚れていると思うと、同じくさっと新しいものに交換したり。酒やつまみが足りないと知れば、さりげなく追加注文をしたり…。そういうのを、気が利く人と言うのだろう。
「いやぁねぇ、いい子ぶっちゃって」
時には同性からそんな陰口を叩かれたりもするが、だったらおまえらが先に気付けよってこと。自分の皿とグラスしか気にかけていない、ぼんやりとした人間より、周りのことに気を配れる人の方が評価されるのは当たり前だ。
で、私自身はどうかと言うと、グラスが空いているのは気付く。取り皿が汚れているのも、誰より真っ先に気付く。だけど、それをさりげなくフォローするかと言えば、絶対にしない。
「グラス空いてるよ。何か飲めば」
てなことは言うけれど、あとは本人がやるか気の利く人が気遣えばいいことだと思っている。
ずいぶん前、レコーディングスタジオに行ったときのこと。
そこにはスタジオ付きのエンジニアとアシスタントとデスクのお姉さんがいたんだけど、誰かが来るたびに、いつもこのお姉さんがお茶を持ってきてくれる。
さてレコーディングが始まり、歌手とそのマネージャー、プロデューサーと私とで作業をしていたところに、遅れてディレクターが登場。
いつもなら誰かが彼にお茶を入れてあげるのだが、ヴォーカル録音中なので当然みんな忙しく、さらにはスタジオのお姉さんもどこかに行ってしまっている。なもんで、及川よっこらしょと席を立ち、そのディレクターにお茶を持ってきた。
その瞬間。その場にいた全員に、ものすごい勢いで謝られてしまったのである。
私はただ単純に暇だった(歌入れが始まっちゃうと、作詞家はほとんどすることがなくなる)から、手が空いている人間がやればいいことをやっただけなのだが、普通作詞家はそんなことをやらないみたいだ。
って言うか、いくら自分が気付いても、人に気を遣わせることはやっちゃいけないのだと、そのときに思った。
だからそれ以降、たとえ友人同士で飲んでいても、グラスが空いていたり取り皿が汚れていたりするとき率先して気遣うことに、ものすごくためらいを覚えてしまうのである。また、時には気付いていないふりをすることも(これって実は、気遣うよりもずっとつらい)。
もちろん、自分が作詞家だからとか、威張っていたいからとかで気付かないふりをするのではない。相手に申し訳ないと思わせるんじゃないかとつい考えてしまって、気遣うことが怖いのである。
世の中には気が付く、もしくはめざといタイプというのがいて、ほとんどの人の目に入ってこないようなものでも、ついキャッチしてしまう習性の人たちがいる。
最近もこの種類の友人と話をしたのだが、
「ねぇ、○○さんってさ。いつも鼻毛が3本くらい出てるよね」
確かに、出てる。
なぜ自分で気付いて鼻毛をカットしないのか。鏡をじっくり見たことがないのか。仮に自分が気付かなくても、奥さんはわかるだろう。どうして奥さんは注意してあげないのか。
彼に会うたびにそんな思いがぐるんぐるんと心の中を駆けめぐり、気になって気になって、会話にさえ集中できない。思わず喉元から出そうになる、
「鼻毛出てるよ」
の言葉を飲み込むのに必死だと、彼女は話していた。その気持ち、よーくわかる。
そう。気付いてしまう人間は、気になってしまう人間でもあるのだ。
グラスが空いている。取り皿が汚れている。気付いているんだけど、つい見えていないふりをする。相手に気を遣わせてしまったり、傷つけてしまったらイヤだなというためらいがあるから。そして、よけいに気になる。
「誰か取り皿を換えてやれよ!」
鈍感な周囲にものすごく腹が立ってしまう。
ビールが注がれるまで、新しい取り皿に取り替えられるまで、視線と気持ちはそこに佇み続けるのである。
そんなもんだから、私と同じく気付いてしまう種類の人と飲んでいるときは非常に楽だ。無理に気付かないふりをしなくていいからさ。
「あっ、グラスが空いていますよ」
「つまみが足りないかも。何か注文する?」
ちょっとでもテーブルが濡れると、すかさずおしぼりで拭く。タバコに火をつけた瞬間に、灰皿はその人の手元に。お互いに心おきなく気遣いあいながら、楽しく夜を過ごせるのである。
しかし、そんなところに同席した人は、バーのママとチーママに挟まれたようできっと落ち着かないだろうなぁ。ということも気付いてしまうのである。
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