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世界がもし100人の村だったら…。そのうちの1人は「変態」だそうな。
ってことは、世の中の100人のうち1人は変態で、たぶんその多くは先進国に居住しているわけだから、日本に変態が多いのもうなずけますなぁ…。
ホモやバイセクシャル、ヲタク、ソフトなサディスト&マゾヒストなんては変態のうちに入らない(強烈なのは入れちゃうけど)。普通の人たちとはちょっと嗜好が違っている人たち、という程度か。まぁ「普通」というものの基準がどこにあるのかも曖昧だけどね。
しかし、何の恨みもない子どもを殺して、その遺体を親に写メールするなんてのは立派な変態。自分と同性の子どもに性的な強要をし、拒まれたのでビルから突き落としちゃったというガキももちろん変態。帰宅途中の子どもに声をかけ、挙げ句殺して捨ててしまったヤツも間違いなく変態である。
己れの嗜好癖や狂気を自分の中だけで処理できない変態が、犯罪へと走っていくのである。
もちろん、昨日今日変態が増えたのではない。その「芽」が露わになってきただけだ。豊かな国だから、親が甘やかすから、また教育がなっていないからなどという単純な理由で、変態は突然に生まれるものではない。
飢餓に苦しんでいたり、未だ戦火に耐えない国では変態が少ないのは当然といえば当然だろう。狂気の芽を育てることよりも、まず生きることが先決になるからだ。
戦地に於いては、たとえば兵士による捕虜への虐待や住民の虐殺などがよくあるようだが、これは戦争下でのストレスと恐怖のために神経をやられ、そういった行動に走らせることがほとんどで、根っからの変態の仕業ではないことが多い。
衣食住に不自由することなく暮らしていても、人はストレスを抱える。言い換えれば、衣食住に不自由しない暮らしの中でほど、変態はたくましく育つのである。
永沢光雄『風俗の人たち』(ちくま文庫)という本を読めば、世の中にはこんなにも変わった嗜好の人間相手の商売が多種多様あるんだとびっくりさせられる。
でも、人に迷惑をかけない変態なら、私は決して彼らを否定しない。『風俗の人たち』は、むしろ愛しくてせつなくなるような変態たちの話である。
んで、私の知っている変態と言えば…。と例を出そうとしたが、周囲にはソフトな変態くんはたくさんいても、超強力なのはいないことに気付いた。
ホモがホモを見抜くように、サディストはマゾヒストがわかるように、また、結婚詐欺師が小銭を貯めているOLをゲットするように、人は磁力でつながっていく。自分の中にある磁石が、無意識のうちに同じもの(欲するもの)を引き寄せるのである。
私は(残念ながら、と言うか)極めてノーマルな性癖なので、想像を超えるような世界に住む人たちとはまったく縁がない。無作為に選んできたのにも関わらず、ホモにも暴力男にも女装癖にも当たったことがない。
「付き合ってからわかったんだけど…。実は彼って、30歳を越えた今でもお母さんと一緒にお風呂に入ってるのよー!」
なんていうこともなかったしな。
自分でも変態になれず、変態の友達もおらず、すんごく狭い世界でちみちみ生きている及川である。せめて暴露本を出せるくらいの大物スターと付き合いたかったなぁ。(変態とは全然関係ないけどね)
しかし、自分自身では今まで気付かなかったのに、何かに「スイッチ」を押された途端に、その世界にのめり込んでいくという場合がある。
私のトルコの友人絡みで一人スゴいのがいる。ただ、彼女を正真正銘の変態と呼んでいいものかどうかはわからない。
かつて友人(正しくは私の夫の友人)と付き合い、別の男に走った日本人女性。その男とも別れたあと、友人に復縁を求めたけど拒絶され、その途端立派なストーカーになってしまった。
ストーカーは一種の病気ではあるが、行き過ぎると変態の域にまで達することがある。
毎日何十回・何百回も国際電話かかかってくる。電話番号を変えても、調べてまたかけてくる。友人やその嫁、その家族や友人までへもかけてくるのだ。また、そんなことしたって何の影響力もないだろうに、インターネットの掲示板に友人の悪口を流しまくる。
本人は日本にいるみたいだが、トルコ人を金で雇って身辺調査をさせているみたいで、どこへ逃げてもどうやっても追いかけてくるのである。恐ろしいまでの執念だ。
「私はね、あなたがいなくなれば幸せなの」
電話に出ると、いつもそう言うらしい。いなくなれば嬉しいのなら、先ず自分の中で彼を抹殺しちゃえばいいのに、それに気付かないからやっぱり病気なんだよなぁ。
そして、それがもう4年以上も続いているのだから、スゴいと言うしかない。
いったいそのお金をどうやって捻出しているんだろうと思う以上に、そのエネルギーを別の方向に生かしたら金儲けもばっちり出来るだろうに、と思ってしまった。私のマネージャーをやらないか?
でも、このままスイッチをOFFに出来ないまま、加速力が増しちゃったりしたら、それこそホンモノの変態になる可能性だってある。実際に彼女のやっていることは、すでに犯罪の域に入っている。
変態は先天的なものだけではない。ひどい捨てられ方をしたってポジティブに生きていける人もいれば、ささいな思い込みでストーカーになってしまう人たちもいる。それは決して「心の強さ」なんていう理由では分けられないはずだ。
世界がもし100人の村だったら…。あやうさのボーダーライン上にいる人は、いったい何人いるのだろう。
「悪魔が自分を動かした」
この言葉が真実か嘘かは本人にしかわからないが、罪を犯した時点での言い逃れは利かない。
そして、私にもそんなスイッチがあるのだろうか。
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