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及川眠子、という名前はもちろん筆名である。自分で考えた名前で、なかなか気に入っている。
初対面の人に名刺を渡した瞬間に名前の由来を訊かれることが多いのだが、特にこれと言った理由はない。ただ、絶対が付くほど「何とお読みするんですか?」と訊かれる。そして、「ねこ」と読むのだとわかったら、その後は二度と忘れない。そういう意味では、インパクトのある名前だと思う。
作曲家は案外本名を使っている人が多い。作詞家はどうだろう、3人に一人くらいの割合で筆名を使っているのかな。ちゃんと調べたことはないけど、たぶん本名の人の方が多いと思う。
ただ、女性の場合は旧姓(もしくは離婚前の姓字)をそのまま筆名にしている人もいるし、また、漢字を平仮名に変えたりもしているから、はっきりとしたことはわからない。
私は最初から本名を世間にさらすことは考えなくて、それは本名が「地味」な名前であるということと、過去に付き合いのあった人間に知られたくないという理由だった。
本名で作詞家・作曲家をやっている人たちが、売れてテレビに名前が出るようになった途端、いきなり何十年も交流のなかった同窓生から電話がかかってきて、「サザンのコンサートチケットを取れないか?」だの、「宇多田ヒカルのサインをもらえないか」だの、いろいろ頼まれると言っていた。
ここで言っておくが、テレビに名前が出ていても決して芸能人と友達ではないし、日本中のプロモーターに顔が利くわけではないのである。
そういう面倒を回避する上でも、本名と筆名が違うというのはなかなか役に立つ。プライバシーを守るためにも有効なのである。
また、昔の友人と交流を再開するのは人によっては楽しいのかもしれないが、私は現在がすべてというタイプなので、今さら過去の友人関係に煩わされるのはできれば遠慮したい。
まぁあんまりいい思い出がなかったせいかもしれない、学生の頃の友人に会って、当時の思い出話を語り合うなんてこともしたくない。それほど老いてもいないしさ。
てなわけで、本名と筆名を使い分けて20年以上になるが、時には困ったことになるときもある。
以前は書留や小包などが留守時に届いた場合は、わざわざ郵便局に行って受け取らなければいけなかった。再配達もしてくれたが、指定する日時を書き込んだハガキを郵送して待つ、というシステムだった。
だから、郵便局から物が届いた場合はムッとすることが多かった。ヤマト運輸や佐川急便なら電話一本、その日のうちに再配達してくれるのに、郵便局はさすが公務員のやる仕事。とにかく面倒くさかった。今では民間の運送会社並みのサービスに切り替わったけど。
で、郵便局に留守宅に届いた荷物や書類を受け取りに行くとき、必ず「自分を証明する」ものが必要になる。運転免許証やパスポート、保険証などを出せばいいのである。
しかし、及川眠子宛てで届いた場合。その名前は筆名、証明書もなく戸籍のどこにも記載されていない。つまり及川眠子という人物は、言ってみれば架空の存在である。そして困ったことに、仕事関係の郵便物は及川眠子宛てで届くことが多い。
そのときに「私は及川眠子である」ことを証明するのが、ものすごーく面倒なのである。
たいていは本名で記された運転免許証と、JASRACから発行された「権利者コード」(実名と筆名の両方が載っている)のカードと、本名と及川の二つの認め印を持参していたが、係員によっては初めて目にするJASRACのカード(そりゃそうだろう、なかなかいないさ)に首を傾げて、
「ちょっと確認してきますので」
と言ったきりなかなか戻って来なかったり、
「これじゃあ本人とは証明できませんね」
そう切り捨てて、仕方がないから「代理人が受け取りに来た」という処置にされたり。
夜間窓口で、私の後ろには長蛇の列。
「こいつ絶対に怪しいぜ」
まるで偽造パスポートで入国する中国人のように見られるのである。ま、そこまではいかないけどね。
うちの玄関にはちゃんと及川名で表札もかかっている。名刺だってある。テレビにも名前が出て、そこそこ世間に知られるようになった。本名で呼ぶより筆名で呼ぶ人の方が多いのである。なのに、自分が及川眠子であるという証明が難しいのって…。
最近になってやっとその煩わしさから解放されて、やっぱり民営化って大事なんだなぁとつくづく思った。
しかし、私は郵便局以外では体験していないだけで、きっとほかにも「証明できない」ことがこの先あるかもしれん。
お願いだから、JASRACも紙っぺら同然の権利者コードではなく、もっと立派なカードを作ってほしい。私たちのような仕事をしていれば、社団法人・日本音楽著作権協会以外で証明書を発行できる機関がないのだ。ちゃんと年会費も払ってるんだしさ。
洋服屋やマッサージのポイントカードだって、もっとちゃんとしてるぜ。 |