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2005年11月7日(月)
86.花の威力

 人から、特に男性から贈られていちばん嬉しいものは、私の場合は何と言っても花である。

 好きな人から花をもらった瞬間は、本当に幸せな気持ちになる。
 かと言って、花を贈ってくれた人は誰でも好きになるかと言えば、そうでもない。時には戸惑ってしまうことも。
「女の人は花もらうの好きだからね。ほら。嬉しいでしょう?」
 そう言いながら、花をプレゼントしてくれた人もいた。
 さりげなく、できればちょっとテレながら、花を贈ることが大事なのであって、そういう押しつけがましさはかえって相手に嫌われることになる。

 いい年をした男が花束を抱え、街を歩いてきたんだ。きっと恥ずかしかっただろうな。だけど、私のためにそうしてくれたのね…。
 贈られた女の側は、そんなふうに「花を贈るまでのプロセス」をも一緒に飲み込む。だから花をもらった瞬間は、ロマンティックな気分に浸れるのである。今までただの友達だったのが、一気に恋愛モードへと針が動いたりもする。
 男はそういうこともきちんと計算して、花を贈らにゃいかんのである。まぁ、ただの友達のままでいいなら、花キューピットを利用して送りつければいいだけだが。

 また女の方も、誰にでも花をねだっていいというものではない。
 お互いに「どう転んだって恋愛へと発展する可能性なし」と了解し合っている間柄ならいいが、「もしかしたら私に気があるんじゃないかな」なんて感じている相手には、花をねだらない方が無難である。少なくとも、女の側にそれを受け入れる意志がないのならね。
 たぶん相手はハッスルしてしまうからさ。きっと妙に重た い花になってしまうことだろう。
 花というものは、ともすれば指輪と同じくらいの威力があると、私はそう思っている。

 常に花がある暮らし、というのを心掛けた時期があった。
 花を生ける、つまりは自分の心に余裕を持って暮らす、という意味でもあったのだが、部屋に花があるだけで気持ちが優しくなれるのは確かだ。
 しかし、二匹の猫を飼っている今。リビングや仕事場に花を飾っておくと、猫たちは花で遊んだり食べてしまったりする。下手すると花瓶ごとひっくり返してしまうこともあったりで、花を飾るのは難しくなってしまったが。

 もし失恋をしたり報われない恋愛をしていたりで、すごく淋しい気持ちでいるなら。試しに、部屋に花を飾ってみてはどうだろうか。そして、一日数回はその花を眺めるように心掛けてみてほしい。
 案外そんなことで心が救われたりするのだ。

 いかにうまくストレスと付き合うか、と言われる今日この頃。ストレスを癒すためのヒーリング・グッズもいっぱい出ている。
 たとえば、ヒーリング・ミュージック。これは私にはシロタマ(長い音符)がブーブー鳴っているだけの雑音にしか聴こえない。
 たとえば、アロマオイルやお香。これも私には臭いだけの代物である。
 何でストレスを癒すかは人それぞれなので、もちろんヒーリング・ミュージックもアロマテラピーも否定しないが、私には花がいちばん効果がある。

 でも、プラスチックや布でできた造花や、花のミイラとしか言いようがないドライフラワーではダメなのである。観葉植物もイマイチ好きじゃない。生花の、それも切り花がいい。さらには、小花よりも薔薇とかカラーとか芍薬とか、とにかく鮮やかな色のデカい花が好きである。
 自分の好きな花をデンと部屋に置き、それを愛でていると、なんとなく心もなごんでくるから不思議だ。

 私はアロマや音楽で充分なごめるから、という人はべつにそれをする必要はない。また、自分なりの癒しを見つけているのなら、それを続ければいいだけだ。
 あえて自分を変える必要はない。ただ、花も一つの救いになることを言いたかっただけ。
 生花には命が宿る。水を換えずに放っておけば萎んでしまうし、どんなに丹念に世話をしたところで、いずれ枯れてしまうのは避けられない。その命を自分の手元に置いておき、じっと見つめていると、まるで命や運命の縮図がそこにあるような感覚にとらわれる。

 旅先で知り合った男の子が、自分が持っているだけのお金を全部出して、花を一輪私に買ってくれたことがあった。
 乾燥したホテルの部屋に飾っておいたら、花は一日で枯れてしまったけど、とても優しい気持ちになれた。
 花自体はなくなり、贈ってもらった思い出だけが残る。だから、私は花をもらうのが好きなのだ。




 
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