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2004年5月18日(火)
16.どこまでがプライベート

 まだやるのか? 年金問題。いい加減飽きたよなぁ。
 しかし、こういうことがあるたびに、まるで鬼の首を取ったみたいに「迷惑をかけて」「心配をかけて」と叫ぶ人たちがいる。
 例のイラク人質事件の時もそうだったけど、迷惑と心配のオンパレードだった。
 今回の年金問題でも、善良な市民の代表たちが「国民に」という冠のあとに必ずと言っていいほど、迷惑と心配を口にする。

 でも、私は彼らに何も迷惑をかけられていないよと言うと、次は決まって「私たちの血税が」と言うんだな、これが。
 あのさ。政治家を私たちの税金で食わせてやるってことは、最初から決まったことじゃん。だから、彼らは『公人』と呼ばれるのだし、すべてを公開する義務もある。
 それと引き換えに、私たちにはその公人を選ぶ選挙権を与えられているのだ。
 確かに、引退した議員たちまで税金で食わせてやるのはちょっと甘やかし過ぎかもしれない。だけど、引退後も国のために働いていれば、やはり彼らにお礼をしてあげてもいいと思うよ。お礼しすぎるのは何だけどさ。

 その年金の支払い公開を巡っての「プライベート問題」というのも浮上した。
 つまり、公人である政治家と言えど、年金はあくまでプライベートなことであるから、世の中にはさらけ出したくないということだ。
 このあいだの『テレビタックル』でもやっていたが、じゃあ「公人・私人のラインはどこで引くのか」「公人はどこまでプライバシーを世の中に公開しなければならないのか」云々。

 うーん。難しいよなぁ。
 政治家に限らず、タレントやスポーツ選手、文化人など、いわゆる『テレビに出てる人たち』は、プライベートとそうじゃない部分との線引きが非常に曖昧だと思う。
 自分たちのプライベートを狙い撃ちされて写真週刊誌に売られ、でもそれがきっかけで仕事が増えちゃった、なんて人も少なくはない。
 また、タレントの『お宅訪問』なんていう明らかにプライベートの切り売りで、成り立っている番組だってある。

 私のことを言えば、私はべつに公人ではないと思っている。それは言い換えれば、そこまで有名ではないということだ。テレビに顔出しをしているわけではないので、道を歩いていても当然誰も気付かない。
 ただ、私の仕事というのは、やはりプライベートを切り売りしている感覚が強い。プライベートと言うよりは、自分の経験をってことかな。
 今日こんなことがあった、こんな人と会ったというようなことを売っているわけだし、自分の恋愛経験を詞に託して、やっぱりお金に換えているわけだ。
 だから、私はいつも堂々と名前を出して自分の言いたいことを言うし、それがもとで世間に叩かれても仕方がないと思っている。

 むしろ「善良な一市民です」みたいな意見や文句の言い方はしたくない。
 たとえば、イラクで人質になった人たちにも、いろんな脅迫文や嫌がらせの手紙が送られて来ていると言う。何か事件があったときは、必ずと言っていいほどこういった手紙やメールを送る人たちがいる。きっとほとんどは匿名で送られたものだろう。
 私は、そういった『匿名の悪意』の仲間入りだけはしたくない。これはプロの物書きとしては最低のルールだ。

 しかし、物書きは仕事とプライベートとの境界線がほんと引きにくい。
「もっと自分の気持ちや恋愛経験でさえもさらけ出して、すべて書かなきゃ」
 みたいなことを作詞家に言っているくせに、何かの折に「あ、うちのダンナです」と紹介しようとすると、いきなり
「いや。あなたのプライベートなことはちょっと……」
 冷たく言い放っちゃったりするんだわ。そのくせ
「ほぉら、うちの息子の○○ちゃんでちゅよ 。可愛いでちょ 」
 自分の子どもの写真は、仕事相手に関わらず誰にでも見せたいらしい。

 矛盾してねぇかって思うんだけど、彼らは紙の上の、つまり二次元でのプライベートは許す、でもそれ以外はダメっていう分け方をしているんだろうな。わからないけどさ。
 ところで、及川眠子という名前は苗字・名前とも筆名で、実名はどこにも公開していない。(JASRACの会員名簿だけ。)
 その実名での部分が、私はプライベートだと思っている。
 だから、実名で送られてくるものに関しては、もちろん公開しない。(収入は公開したけど。)あと、私の学歴や家族の経歴なども一切書かない。
 それが「プライベートまでさらけ出す」物書きにとっての、唯一の「プライベート守秘」方法だと思っている。




 
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