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2005年8月11日(木)
61.村の娘でいたかった

 確か石川セリだったと記憶しているが、『村の娘でいたかった』というタイトルの古い歌があった。
 私は悪いけど、村の娘に生まれなくて本当によかった、と思う。

 この夏トルコに行ったとき、マラテヤ(トルコ東部の地域)の村に立ち寄った。うちのトルコ人の兄嫁が生まれた村である。
 しかし、本当に「村」なのだ。
 マラテヤ市街地から車で1時間半山道を走ったところに集落があり、さらにそこからまた30分ほど山を二つばかり超えたところに行く。そこに10軒ほどの家がぽつぽつと建っており、辺りは見渡す限りの山と畑。他には何もない。

 電気はかろうじて通っているものの、水道やガスは来ていない。水は山からの湧き水を使用し、枯れ木を燃やして煮炊きをしている。一日に何度となく急な斜面を上り下りし、生活に必要な水を汲み、枯れ木を拾ってくるのだ。
 子どもたちはサンダル履きで易々とその斜面を下っていく。そして、何リットルもの重い水を下げ、今度はその斜面を上がっていく。
 及川も試しにその後を付いていってみた。もちろん手ぶらで、である。そして、運動靴を履いているのにもかかわらず、思いっきり滑って転んだ。
 都会で生息する軟弱な作詞家は、こんなとき何の役にも立たないのである。むしろ物見高さで人の後を付いていっては、彼らの邪魔をしていたにすぎない。

 それよりも、そんな環境であるからして当然トイレも風呂もない。それを知った途端に、
「ホテルに泊まるーっ!」
 騒ぎだした私。
 山の斜面に建っているような家である。夜中に尿意を催せば、外灯もない真っ暗闇の中でオシッコする場所を探さなければいけない。太陽がさんさんと照っている時刻でさえ足下がおぼつかないのに、暗闇だとどうなるか。当然のごとく蹴躓いて、牛の糞に頭から突っ込むくらいしてしまいそうだ。

 当初はそこに3泊くらいする予定だったのだが、一緒に来た兄嫁とその子どもたちに、
「3日後に迎えに来るから」
 と言い残し、結局来た道を2時間戻って市街地のホテルに泊まることに。
「田舎者のくせに、村がイヤだなんてよく言うよ」
 そう言われるかもしれないが、及川は和歌山出身の田舎者であっても、村で生まれたわけではないのである。開発地域の市営団地に住む「町の子ども」だった。
 そりゃ汲み取り式便所に銭湯通いではあったけどさ、野グソを日常としてはこなかったし、川で水浴びすることを風呂とは呼ばなかった。

 でも、トイレがない風呂がないよりも、もっと及川を恐怖に陥れたものは、家畜の存在である。
 その家は1階が家畜(牛、羊、ヤギ、ニワトリなどがいた)のための小屋で、2階が人間の住居となっている。そのせいでものすごい数のハエがいる。家畜自体は怖くないのだが、ハエには我慢ができない。
 ハエは私の顔や体にも執拗に寄ってきて、家中のどこにいても攻撃をかわせる場所がない。かと言って外に出れば、家畜がした糞がそこらじゅうに撒き散らされているわけだから、その数はもっと多くなる。
 また、ハエ以外の虫もたくさんいる。アブとかアリとか、あとは名前も知らないような虫たち。
 私はとにかく虫が大きらいなのだ。ヘビやトカゲ、ヤモリなんてのは人間の姿を見ればたいてい逃げてしまうけど、虫は逃げることをしない。むしろ寄ってくる。
 さらに、虫に対する神経性アレルギーがある私は、一カ所虫に刺されると刺されていない他の部分まで痒くなるという症状が出るのである。

「どうしてここに泊まらないの?」
 お客さんは神の使いでもあり、だからお客さんをとても大事にする村の人たちは、悲しそうな表情で私に訊く。ここまで来て、ここに泊まっていかないということは、彼らを拒絶したのも変わらないのである。
 申し訳ない、軟弱で。心で詫びつつも、それでも泊まる勇気が持てず、もと来た道を戻って行った。

 私の友人の中でも、ワイルドな生活を好む人たちは結構いる。世界のいろんな場所をバックパック一つで旅をし、「バケツ一杯の水で体中を洗った」体験や、「道端の草まで食べた」経験を実に誇らしげに語る人もいる。
 しかし、それは何不自由ない普段の生活を離れての、もしくは普段の生活に戻っていくための、言ってみればキャンプ的ワイルドライフに過ぎない。
 不便な生活がいかに素晴らしいものであるか、また、自己を見つめ直すきっかけになってくれるか。比較するものがあってはじめて気付くことである。
 まぁそれでも、ビビって街に引き返す私よりは、それらを体験できる彼らの方がエラいのだろう。

 村の人たちは村の生活を良しとも悪しともせず、毎日ひたすらに水を汲みに斜面を上り下りし、野菜を取りに畑に出掛け、牛や羊を追い、季節を区切りと捉える日々をおくっていた。
「不便でしょう?」
 不便と捉えるのは便利な生活を日常としている者の感覚である。仮に私がそう訊いたとしても、きっと彼らは笑って首を振るだけだと思う。
 そして、便利で快適な都会暮らしをしている私は、
「ああ、村の娘でなくてよかったぁ」
 と自分の胸を撫で下ろすのである。

 ところで、その3日後。
 兄嫁たちを迎えに再度その村を訪れ、土産にするためにとアプリコットと桑の実採りに行った。
 国内のパック旅行でよく目にする「さくらんぼ狩りツアー」とか「いちご採りフェスティバル」なんてのと同じである。一度はやってみたいと思っていた、木から果実を採る体験。
 そして炎天下、張り切ってアプリコットと桑の実採りに励み、熱射病になってぶっ倒れた。
 軟弱であることから一歩も譲らない及川であった。




 
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