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2005年7月18日(月)
54.気になる!

 及川はめざとい人間である。観察好きと言った方がいいだろうか。見知らぬ人に対しても、気になるところがあればついジロジロと見てしまう。
 気になる、と言っても好みのタイプだとか以前会ったことがあるんじゃないかとか、そういう理由ではない。私の中の基準と比較して、この人はそれにはまっていないんじゃないかという場合。また、「なぜ?」という疑問が生じたときに、それを解明すべく相手を見てしまうのだ。

 先日、電車の中で見掛けた女の子。
 金髪に染めた髪に派手な化粧、胸を強調した安っぽい服。ここまではべつにありがちな感じなんだけど、彼女の顔立ちや風情がそのファッションに完全に付いていっていない。
 そんな風俗嬢風の格好をしてチャラチャラしているよりも、縫製工場でミシンを踏んでいたり、またはシャワーキャップみたいなのをかぶって、弁当屋でシャケを詰めていたりする方が明らかに似合う。
 つまり、すっぴんだとごく普通のブスなのに、ケバい化粧や洋服のために、その不細工さが際だってしまった感じなのである。
 きっと本人は無理をしてそういう格好をしているわけではないんだろうけど、痛い感じがひしひしと伝わってくるのだ。

 華やかな暮らしに憧れて、上京した当初はキャバクラに勤めたけど、歌舞伎町のホストにはまっちゃって、今じゃ風俗嬢。きっと地味な人生を選んでいれば、真面目な山本工場長さんや左官屋のシゲちゃんあたりに見初められ、平凡だけど幸せな日々を築けたのに…
 と、そんなことまで想像してしまった。他人の人生を勝手に作るな、と言われそうだ。

 勘違いファッションの人たちは世の中にいっぱいいる。私だって、人からはそう見られているかもしれないし。でも、あそこまで違和感を醸しだしている子に会うのも珍しい。
 だからつい、道を間違えているよなぁと胸の中で呟きながら、電車を降りるまでずっとその子を見つめてしまったわけだ。まぁ電車に乗ってるときは暇だしさ。

 しかし、そこまで深読みしてしまうのは私にとっても珍しく、大抵気になるのは、耳の中に毛がたくさん生えているとか歯並びが異常に悪いとか明らかにヅラだとか、そういった日常の中のささやかな非日常である。「ちょっと人とは違った部分」と説明すればいいだろうか。
 そして、いったんそれに気付くと、相手のその部分ばかり見つめてしまう。ほかの人と話をしていても、目線はそこに釘付け。自分に気があるんじゃないかと思われても仕方ないくらいだ。

 だから逆に、たとえば話をしている相手にじーっと見られると、私の方が不安になっていく。時にはちょっくら失礼と席を立ち、トイレに行って確かめることも。で、どこも変じゃないことを確認して、見つめるのは相手の癖だと納得するわけである。
「彼って、私のことずっと見てたの。気があるんじゃないかなぁ」
 そんなふうに思える人は幸せだと思ってしまう。少なくとも私が相手を見つめる場合は、好意とは反対の気持ちである。

 私が特に気になってしまうのは、鼻の毛穴が黒い人。
 もしそれが私の恋人であるなら、今すぐにでもビオレの鼻パックをベリッといくだろう。
 だけど、恋人やダンナではないから、やはりそうはいかない。その鼻を見つめるほどに、会話もうわの空。はがしたあとのパックをじっくりと観察したいという思いで、頭の中がいっぱいになってゆく。でも、相手に言うことさえできない。悶々とするだけである。
 しかしいつも思うに、彼ら彼女らの恋人や家人は、そういうことに何も注意をしないのであろうか。と言うより、気付かないのか。他人の私がこんなに気になっているのに、どうにかしてくれという感じである。

 私は自分の身内に対しては、うるさいほどに言いまくる。鼻毛が出てるとか目ヤニが付いてるとか。一度など剃り残したヒゲが目に付いた途端、それを注意する前に、そのヒゲを指でつまんで抜いてしまったことがある。
「何をするのっ!」
 せめて先に言ってくれと、彼も思ったことだろう。
「あなたはいつもうるさい」
 そう言う男もいたけれど、じゃあ鼻毛が出てようと肩がフケで真っ白になっていようと、歯に青のりがついていようと洋服にクリーニングのタグが付いていようと、ズボンのチャックが開いていようと顔に黄疸が出ていようと、黙っていればいいんだね!と問うたら、うっと詰まったあとで、
「いや、やっぱり言ってください」
 と答えた。

 毎日風呂に入っているし下着も取り替えている。とりあえず不衛生にはしていないから見苦しくない、と考えるのは違うと思う。現にここに、こんなに気になっている及川がいるのである。
「でも、知らない人をジロジロ見るのだけは、やめた方がいいと思うよ」
 それもそうだね。今の時代、何か文句あるのかと殴られちゃう恐れもあることだし。

 ああでも。電車の中で見掛けた彼女。
 付け睫毛の付け方が間違っていた。付け睫毛というものは睫毛の生え際に付けるもので、瞼につけるものではない。
 誰かそれを注意してやってくれと、願う及川である。




 
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