及川眠子HOME
Diary INDEX 2005


<<前のページ | 次のページ>>
2005年7月8日(金)
52.虚言癖と呼ばれる人たち

『平気で嘘をつく人たち』という本が一時ベストセラーになった。私も読んだ。どんな内容だったのかは、すっかり忘れてしまったが。
 そう。世の中には、嘘をついても何とも思わないどころか、下手すれば自分が嘘をついているということにさえ気付いていない人たちがいる。

 でも私だって、時には嘘をつく。小さな出来事を膨らませて、さらには脚色もして詞や文章を書いている。それが嘘だと言われるのなら、私は立派な嘘つきであろう。
 私は、生きていくうえでの多少の嘘は仕方がないことだとも思っている。ただし、嘘をついたのならその嘘をつきとおす、さらには自分が嘘をついたということを自覚していることが大事だと思う。一度嘘をついたなら、それがバレないために嘘の上塗りをしていくしかない。その覚悟も必要である。

 しかし、そういった「生きるための」嘘ではない嘘を、頻繁につく人たちがいる。虚言癖と呼べばいいのだろうか。
 私も何度かそういう人たちに出会ったことがあるのだが、そういう人たちは嘘をついていることの自覚も覚悟も何もない。その時々に、自分が注目されたいとか自分の存在を誇示するために、実にどうでもいいささいな嘘をつくのである。
 また、嘘をつくことに対して、まったくの躊躇いがない。
 ホラ吹きとはちょっと違う。ホラ吹きってのはどこか愛嬌もあったりするが、虚言癖の人たちにはそんな愛嬌さえもない。

 たとえば、ある人。
 飲み会があって行ったら、Aくんが酔っぱらってみんなに絡んでいた。あまりにもひどいので注意するつもりがつい殴ってしまった。そうしたらAくんは鼻血を出しながら泣き出した。きっとストレスが溜まっていたのだろう。殴ってしまった俺も悪かったけど、ああいう飲み方は最低だよ。
 そんな出来事を私に語ってくれた人がいた。へえってな感じで、そのときは黙って聞いていたのだが、実はそのAくんと私は友人関係にある。そして、そのことは彼も知っているのである。
 Aくんと話す機会があったときに、そう言えばと思い出して、その話を蒸し返した。そうやって人から聞いたことを、本人に確認してしまうという私の性格も、彼はやっぱり知っているのである。

 Aくんはその話にビックリして、
「俺が殴られて泣いたなんて、そんなことありえないよ。たとえ酔っぱらってても、そういうことはちゃんと憶えているし」
 思いっきり否定した。確かに私自身も、Aくんが酔ってそういうことをしたとは思いがたい。
「なんであいつはそういうふうに話を作るんだ?」
 さぁ…。たぶんAくんより自分の方が人として上なんだとか、そういうことを言いたかったんじゃなかろうかな。

 だけど、世間の人たちはそうだと認めてくれない。その思いが相手を貶めるという表現になったのだと思う。話を作ってでも、自分の存在を誇示したかったのだろう。
 まぁでも、話を作ったというよりは、本人の中では完全に事実として出来上がっちゃってるのかもしれないが。

 そう言えば。
 ある外国人のことだが、自分を「もと政府軍のコマンド」と偽って、いろんなストーリィーをでっち上げ、それをジャーナリストに語ったらしい。
 そのストーリィーの中身はものすごくドラマティック。まるで映画のようである。しかし、少しでも軍事のことを知っている人間なら絶対に信じないような内容でもある。
 その話を「本物のもとコマンド」としていたとき。
「全部見事な嘘だよね」
 私がそう言ったのに対して彼は、
「いや、嘘じゃない。確かに俺たちにとっては、彼の妄想だとしか言いようがないけど、きっと彼の頭の中では、しっかり現実のことなんだ」
 と言った。虚言癖というのは、そういうものなのかもしれない。

 また、ある夫婦。
「お父さんが病気でね。働いて得たお金を全部送ったんだ。だから、子どもにも新しい洋服やオモチャを買ってやれなくて…」
 と涙目で話している。
「いくら送ったの?」
「70万円くらい」
「へぇ、それは大変だよねぇ。どうかお大事に」
 そして後日、その家族に会う機会があった。事実お父さんは病気なのだが、逆に息子が何もしてくれないと愚痴を言っている。
「お金を送ったと、私には話してたよ」
 以前1万円か2万円くらい、今手持ちがこれだけしかないので、と置いていったことはある。でも、70万円ものお金を送ったというような事実はまったくない、と言っていた。

 私に嘘をついて、彼らにいったい何の得があったんだろうと、しみじみ考えてしまったね。ただ見栄を張りたかっただけなのだろうか。
 それに一人ならまだしも、夫婦で嘘をつくのって何なんだ。夫婦は一緒にいるうちに似てくると言うが、それと同じことなんだろうか。

 こういう人たちとは、できれば関わり合いになりたくない。関わり合いになりたくないと願いながら、その頭の構造が何だかあまりにも不可思議なので、ついまた話を聞いてしまう。
 そして、それがデタラメだとあとでわかって、また腹を立てる及川である。
 付き合わなきゃいいってだけの話なんだけどさ。




 
最新情報 メール