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2005年7月4日(月)
51.人を変えたい人たち

 私は人にとても興味がある。
 特にまっとうじゃない人生を歩んでいる人とか、頭のネジがかなりはずれている人とか、また、歪んだものの考え方をする人たちとか、普通は「あまりお友達になりたくない」ような人たちにほど近付きたがる傾向にある。
 何が原因でそうなったのか、これからどこへ向かおうとしているのか、他人ながらその人生が知りたくて知りたくてたまらなくなるのだ。

 しかし、それはあくまで「知りたい」というまでに留まる。
 私も真似してみようと思ったことはないし、逆にこの人の道を正してあげたいというボランティア精神もない。
 ただ、興味があるだけ。だって、私には想像もつかないような経験をしてきて、まったく違う思考の人たちだから。それに触れるだけである種の刺激にはなるし、知らなかったことを知るというのは非常に貴重な経験である。

 そうして、人によってはそのまま仲良くなって友達付き合いが始まっていったりもするのだが、自分の身近に「道を誤っている」ような人がいたとしても、私はそれを正すようなことはまずしない。
 たとえば、泥沼のような不倫や、不幸せになるとしか思えないような男との結婚。寂しさ紛れにパチンコやアルコールに依存していく人。嫉妬心で自分をも見失っているような人。
 その程度の話なら、私の周りにもいっぱいある。

 相談を持ちかけられれば、それに答えることもある。自分の考え方は間違っているんだろうかと問われれば、間違っていると正直に答える。
 だけど、そこまで。私はそれ以上の介入をしない。
 この人がどう破滅していくのか、はたまた自分の過ちに気付いて人生を立て直すのか、とりあえずは見守ろうと思うだけだ。

 また、相談を持ちかける場合、ほとんどが自分の話を聞いてほしいだけだと言うことも、最近になって気付いた。
 人は誰かに話をするために、自分の中で気持ちの整理をする。つまり、人に話せるようになった時点で、ある程度の結論は出ているのである。そういったときには、ただ聞いてあげればいいだけである。
 私はひどく冷酷な人間なのかもしれない。少なくても「親身になって人を思う」人間ではないことは、私自身はっきり言いきれる。
 しかし、それは助けないという意味ではないのだ。その人がもし助けてほしいとすがってきたら、もちろん私は助けるだろう。でも言い換えれば、助けてほしいと言ってこない人間に対して、なぜゆえに自ら手を伸ばす必要があるのかということにしかすぎない。

 世の中には、決して人を助けないくせに、他人の人生に介入したがる人が多い。
 こんな出来事があってね…と、たとえば身内の揉め事やら絡まった恋愛話になったときに、必ずと言っていいほど、
「そんなことをしていたらダメよ!」
「そんな考え方じゃうまくいかないから、こうしなさい!」
 とても一生懸命に、こちらの謝った道を正してくれようとする人たちがいる。
 そして、決まってそういう人たちは、その意見に反論すると怒るし、聞き入れないと距離を置くようになる。
 じゃあ、その不倫相手に会わせるから直接話してみてよ、と言うと、
「なんで私があなたの恋人に会わなきゃいけないのよ!」
 と言い、借金がかさんで死にそうになっていると身悶える人間に、
「銀行で借りればいいじゃん」
 と平気で言い放つ。

 ただ自分の意見を受けいれてほしいだけ。相手にそうだねぇと思わせたいだけ。当事者に会う勇気もなければ、少しでも借金を肩代わりしてあげようという善意すらない。
 人は所詮他人。だったら、傍観者として見守ればいいだけの話なのに、それさえもできない。

 人は人によってしか変わらない、と私は以前に書いた。けれど、人を変えようとするのは傲慢な考えである。
 人を受けいれる、もしくは助ける度量もないのに、人の心を支配したがるのは、自分がその人より上に立ちたいとか、自分自身の存在を誇示したいだけである。もっと言えば、自信のなさの裏返しでもある。自分に何も持たない人ほどこの傾向が強いように感じられる。
 自分に確固とした信念や思いがないから、人を支配し影響を与えたがるのではなかろうか。

 確かに、その種の人間を必要とする人たちもいるだろう。決めつけられ、命令をされることで安心をする性質の人たちを、決して否定しているわけではない。
 ただ、もし川で溺れている子どもがいれば、助けるべく手を差し出すであろう。それが「人を助ける」ということである。
 向こう岸から泳ぎ方の指導を叫んでも、溺れている子どもの耳には届かない。ましてや、なぜ川に入ったんだというような説教を説くことは無駄な行為にしか過ぎない。

 人に意見を説くことで助けたつもりになっているのは、愚かなことである。私はただそれだけが言いたかったのだ。
 まやかしの善意を、私は受け入れない。
 少なくとも、地面にしっかり足が着いているような人たちの耳には届きもしないだろう。




 
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