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2005年4月17日(日)
29.ああマズかった!

 うちの近所にはラーメン屋がたくさんある。いずれもそこそこ有名な店ばかり。土・日の昼ともなれば、長蛇の列をつくっていることも。
 その中で最近オープンした店。ここもある有名店の衛星店である。
 ひさしぶりにラーメンが食べたくなったので、まだ一度も行ったことがないその店のを試してみることにした。
 ところがっ!

 はっきり言ってマズいのである。スープはぬるいし少ないし、麺も何だかぐちゃぐちゃしてる。おまけに、上に乗っかっている卵やらメンマやらの具のすべてが、中途半端においしくない。
 店は満員。みんなこれをうまいと思って食べているのかと、思わず問いかけたくなってしまったぜ。
 だけど人の味覚はそれぞれだから、私がマズいと思うものを、おいしいと感じる人もいるんだろう。うまいマズいを分けるものは、人の舌以外にはないしな。

 私は東京農大の小泉武夫センセイの著作が好きで、いろいろと読んだのだけど、その中でも『不味い!』という本が好きである。
 内容はタイトルどおり、小泉センセイが今までに食べた「マズいもの」の思い出を書いているわけだが、うまいものの本はたくさん出ていても、マズいものの本はあまり出ていないので、読んでいて面白かった。

 人はなぜか、うまいものを食べたときと同じくらい、マズいものを食べてしまった記憶があざやかに残るのだ。あまりにもマズいものは、時には感動すら与えてくれることがある。

 私にとって、マズいものでいちばんに思いつくのは、トルコの日本料理店である。おまけに、マズいだけでなく高い。
 きっともっとまともなものを出している店も探せばあるのだろうが、何軒か行った時点であきらめて、二度と日本料理店と呼ばれる場所には足を運ばなくなった。第一、材料や調味料さえあれば、自分ちで作ればいいわけだし。
 でも、この場合のマズさは、はっきりと言って感動にはほど遠い。腹が立った、という程度のものである。

 なんだよー、この真っ黒な出汁は…。
 天ぷらっちゅーもんは、もっとカラっと揚げるもんじゃないか…。
 握り鮨にインディカ米を使うなよぉ…。
 日本料理店なのに、なんで板前がタイ人で給仕がロシア人なんじゃ…。
 そんでもって、おいおい。この値段はないんじゃねぇの…。
 てな感じの、何だか不条理ねぇ…というムカつきにも近いか。まったく食べられないものではない代わりに、思わず立ち上がって「ブラボー!」と叫んでしまうくらいのエグさもない。

 以前、友人に連れて行ってもらった場末の居酒屋。
「ここのメニューはスゴいよ」
 事前に彼からはそう言われていたのだが、確かにメニューを見てビックリ。
「本日の魚」という項目には「魚肉ソーセージ」と書かれている。「鯨ベーコン」は肉料理の項目に入っていた。
 とりあえず無難なものをと、銀杏をオーダーしたのだが、出てきた銀杏はなぜかバター炒めされていた。おまけに、細かく切ったパセリがその上に散らされて彩りを添えている。
「俺はなぁ、どうしてもこの店の行く末が気になるんだよ」
 マズいとわかっていても、だからまた来てしまうんだと彼は言っていたが、今日はどんなマズいものを食べさせてくれるんだろうという、むしろそんな期待の方が大きいのではないか。

 それはそうと。
 私の中で今でも鮮明に心に残るマズくて悲しかった思い出は、一時期付き合っていた男が作ってくれた「スパゲッティ・カルボナーラ」である。
「俺、カルボナーラが得意なんだよ!」
 胸を張りつつ、さらには料理についての講釈も語りつつ、出来上がってきたカルボナーラは…。
 茹でた麺に白ワインをまぶし、その上に生の卵の黄身を一つ「ポンッ」と落としたものであった。味付けはほかに何もなし。その黄身をよーくかき混ぜてから食え、と言う。
 もそもそしていて、何だか生臭い。さらには、ワインが利きすぎているせいか、後味の悪さだけが口の中に残る。

 彼は目をキラキラさせながら、食べている私の顔を覗き込む。
「どう、うまいでしょ?」
 ここでマズいと答えたら、確実に愛情関係にヒビが入りそうな雰囲気である。
「うん…。なかなかイケるよ…」
 そう言いながらも、飲み込むたびに同時に吐き気に似たものが押し寄せる。麺が喉をとおっていかないのだ。
 ものすごーく我慢をして、とにかく半分くらいをやっと平らげ、
「ごめんね。おなかいっぱいになっちゃった」
 食べられないものは何も使ってないのに、料理の仕方次第でこんなにマズくなるんだと、実感した出来事であった。しかも食べなきゃいけない状態だし。

 私の友人にも、恋人が作ってくれた、熱湯の中に肉とケチャップを放り込んだだけの、彼女いわく「ビーフシチュー」を食べさせられたことがある人がいる。
「いやぁ、全部食べたさ。食べながら、努力ってのはこういうことを言うんだと、しみじみ思ったよ」
 とのことである。
 そこに愛情があれば、マズいものを正直にマズいと言うことさえできないせつなさも加わる。マズいものは、時には涙と汗の味がするのだ。

 このあいだ、肉と野菜でスープを作ろうとした。
 冷蔵庫を見ると、肉類は牛のカルビしかない。まぁこれでもいいかとカルビ肉を使ってスープを作ったところ、どえらく油臭いものが出来上がった。それを誤魔化すために牛乳を入れたら、もっとヒドいものになってしまった。
「マズいよね?」
 作ってあげた相手にそう問いかけたところ、
「僕がそう言っちゃうと、ダメでしょ」
 作ってくれた人に対して、マズいと言うのは絶対にいけないことだと、何も言わずに一皿平らげてくれた。

 しかし、感謝する気持ちとはまた別に、やっぱりマズいものはマズいのである。
 少なくとも人には、涙と汗の味がするものを食わせてはいかん、と反省した及川である。




 
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