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このあいだ、コンビニで領収証を書いてもらうように頼んだ。
で、手渡された領収証を見ると、漢字がわからなかったらしく「おい川」と書いてある。まるでどこかの和風居酒屋のような名前である。
これじゃダメだろう。たとえ税務署や税理士が許しても私が許さんぜよ、と妙な怒りがこみ上げてきて、その店員に書き直しをしてくれるよう言ったところ、その瞬間ヤツは「チッ!」と舌打ちをしやがった。
なんだーっ! おまえがいい加減な宛名を書きやがったからだろう! こっちは客だぜ! 文字の間違いを指摘されてムカつくくらいなら、義務教育を初めからやり直せぇぇぇ!
…と、もちろん口には出さない。出さないのだが、非常に腹が立った。「チッ!」とやるのは、本当によくないことだ。
たとえば、手紙なんぞを書いていて文字を間違えたとき、思わず「チッ!」とやってしまうことがある。この場合は、自分に対しての「チッ!」である。
だけど、やっぱりいいことではない。「チッ!」は結構癖になってしまうから。いつか人様に向かってやらないとは限らないのである。
ところが。
トルコでは「ノー」の意思表示をするとき、顎を上に向けて「チッ!」と舌打ちをする。舌打ち自体はトルコでもあまりよい表現方法ではないとされているのだが、トルコ人は臆することなくやる。
そして、これがまた日本人にはムカつくんだな。
「おなかすいた? 何か食べる?」
子どもに向かって優しげに問いかけると、いきなり「チッ!」。
このぉガキがぁ! 人がせっかく親切に言ってやったのに、その態度はなんだぁぁぁ!
胸ぐらをつかみあげ、両頬をパンパンッといきたい気分に襲われる。
日本人特有の「ううん」と言いながら首を振る、あの動作と同じ意味だとわかっていても、しばらくは手のふるえが止まらない及川である。
そう言えば、トルコ人は気に入らないことがあったり、こりゃいかんぜと思うようなときにも舌打ちをする。この場合は「チッ!」ではなく、「チッチッチッ!」というような感じなのだが。
たとえば、子どもが誘拐されたなんていうニュースをやっていると、観ているトルコ人全員が「チッチッチッ!」とやっている。
私もそういうのを真似して、時には「チッ!」とやってみるのだが、癖になったらマズいからやっぱりやめておこうと思うのである。
「及川さん、最近は忙しい?」
「チッ!」
なんてクライアントに対してやった日には、次から仕事が来なくなりそうだ。
話は突然脱線するが。
トルコでの最大級の罵倒の言葉に「オロスプチュジュ(娼婦の子ども)」というのがある。これは、おまえの母親は誰とでも寝るという意味だ。また、「アナヌシキム(おまえの母親を犯してやる)」というのもある。いずれにしても、とてつもなく悪い言葉である。
親、特に母親のことをとても大切にするトルコ人にとって、自分の母親を悪く言われることは、自分を悪く言われること以上の侮辱である。
だから、「オロスプチュジュ」や「アナヌキシム」と言われた側の人間は、言われた途端に激怒する。なぜこんなにも怒るんだというくらい。その激しさは半端ではない。
この言葉を知ったからと言って、絶対に無闇に使ってはいけない。口に出したら、その相手とはもちろん絶縁状態になるし、それこそ一生恨まれても仕方ないことなのである。
そう考えていくと、日本語にはそこまでの罵倒の言葉がない。
「おまえの母ちゃんデベソ」が言葉のニュアンスとしてはいちばん近いんだろうけど、これじゃ子どもの罵りあいだしな。
バカとかアホも違う。放送禁止用語をまくしたてるという方法もあるが、それをされたところで、一生恨んでしまうくらい傷つかないもんな。
英語で言うところの「Fuck you」を表す言葉もない。「くされマ○コ」とか言ってみるテもあるが、ポピュラーじゃないし第一下品だ。
それってやっぱり、日本人は「和」を大事にする民族だからなのかな。相手をギリギリのところに追い込むことはしても、決して崖の下まで突き落とさない。
「村八分」なんてのも、冠婚葬祭以外は仲間はずれにすることから来ている言葉だけど、二分に当たる冠婚葬祭は付き合いますよ、という意味でもある。やっぱり相手をギリギリの境界線で押しとどめている。
また、皮肉にしても嫌味にしても、やんわりとじっとりと、ってのが日本人の特徴のような気がする。
特に京(みやこ)言葉。うちら絶対に核心にはふれまへん。そやけどあんた、わかってまっしゃろ、みたいに持って回った言い方をする。
きっと日本人は無意識に、二度と修復が利かないような関係にはなりたがらないんだろうね。いつもどこかで不思議に余裕を残している。十年経って会えばまぁ大丈夫、てな感じのね。
また、「人の怒り」に慣れていない民族でもある。喧嘩するのが下手だし。いざ本気で喧嘩したら、相手を殺しちゃうところまでいきそうだ。
そういうふうに気を遣い合うことに慣れている民族だから、コンビニの若者の「チッ!」程度にムカついてしまうってのもあるなぁ。「チッ!」自体は直接的だからね。
しかし、相手が「チッ!」とやったくらいで喧嘩は始まらない。躾が悪いとか常識を知らないとか、そんなことで自分を納得させて、怒りの刀を鞘に収めるだけである。
じわじわっと真綿で首を絞めるような怒り方が、やっぱり日本人の性には合っているのかもしれない。
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