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もと傭兵の高部正樹氏は現在タイ在住で、
「眠子さん、ぜひタイに遊びに来てください! いろいろ案内しますよ」
と言ってくれている。
タイ…。
私の異常なまでの好物、の中にマンゴスチンとランブータンがあり、それを食べるためだけのために、毎年わざわざ東南アジアに出掛けて行ったもんだ。
市場に行き、キロでマンゴスチンとランブータンを買い、それをホテルに持って帰ってひたすら食う。食べ過ぎて翌日おなかの調子が悪くなろうと、それでも食う。
その魅惑の果物がたわわに実る国、タイ。
そう言えば、バンコクの路上で食べた怪しげな揚げ菓子はうまかったなぁ。油がほとんどガソリンのような色をしていたけど。
チェンマイで食べた焼き栗もうまかった。同じくチェンマイの屋台で食べたカレー味の麺も。
タイに行けば、いつも屋台とか路上でちょっとずつ食べる「タイ式」の食べ方になってしまうのだけど、たまにはちゃんと夕食を食べようと、当てずっぽうに入ったイタリアン・レストラン。東南アジアのイタリアンがうまいはずがなかろうと高をくくっていたのだが、これが予想に反してうまかった。
地名を聞くたび、そんなふうに食い物の思い出だけが、ぐるんぐるんと頭をまわる及川である。
私はどこに行ったのか、何を見てきたのか、ガイドブックを見ておさらいしなければいけないほど、3歩歩けばすべてを忘れてしまうくせに、なぜだか食い物の記憶だけはあざやかに焼き付いている。
よっぽどいやしいのだと思う。
食べることにまったく関心がない、一日三食一年中ファミレスで平気、というような人もいて、それはそれでほかにこだわりがあるから構わないのだろうけど、私はほんとに食べるために生きているみたいなもんだ。
うまいものほど自分を幸せにしてくれるものはないと言いきれる。だから、たとえどんないい男だって、味覚音痴なヤツとは付き合う気にはなれない。
旅行に行ったって、いつもさぁ何を食べようというところから入る。結局憶えているのも食い物のことだけだしな。
また最近、台湾出身のお医者さんとも仲良しになった。そこのご夫婦も、
「台湾に一緒に行きましょうね」
と誘ってくれる。
台湾…。
地元の人に「ここはうまいから」と薦められて行ったレストラン。そこの小龍包がめちゃくちゃうまかったなぁ。まるでファスト・フード店のような店構えのお粥屋の海鮮粥もうまかった。
夜中、おなかがすいてホテルの近所をうろうろしていて見つけた麺屋。薄暗い明かりの下で食べた、何が入っているのかほとんどわからない麺だったけど、それもうまかった。
台湾と言えば故宮博物院。私は二度もそこに行ったくせに、どんな物が展示されていたのかさえまったく憶えちゃいない。たぶん三度目にそこに行っても、新鮮な感動を得られるだろうと思う。
ああ、それなのに。一度食べてうまかったものの感覚は、今でもくっきりと残っているのだ。
もう一度食べたい、もう一度だけでも…と願い、つい夢にまで見てしまうくらいである。
そんな私が今まで海外で食べた物の中で、特に感動したものを三つ挙げろと言われれば…。
まず、ベトナムのカントーの船の上で食べた汁麺。
フォーよりももっと細い米麺で、何の肉かわからないような切れ端が一つ二つ乗っかっていて、パクチーが添えられていた。20円くらいだったと思う。船の上でゆらゆら揺られながら、熱い汁麺をふーふー言って食べた。
次に、トルコのマラテヤの山の中で食べた羊のケバブとトマト煮。
ここの親父は毎朝羊を一頭捌き、それを塩だけで焼くケバブとトマト煮にして客に出す。肉がなくなったら、その場で閉店。付け合わせは生のタマネギだけ。そして、山から汲んできた水。
客は山で働く男たち。私が行ったのは、確か午後2時頃だったけど、その日最後の客のようだった。
そして、台湾の台北。同じく台湾出身の知人から、
「台北に行くなら、絶対にこの店!」
と薦められて行った海鮮レストラン。
彼女はわざわざ「お薦め料理」のリストまで作ってくれて、そのとおりオーダーしたすべてがうまかったのだけど、その中で特にミル貝のあっさり蒸しが絶品だった。ミル貝ってこんなにうまかったのー、とひどく感動した。
何でもかんでもすぐに捨ててしまう及川だけど、彼女が書いてくれたその店の住所とお薦め料理リストは未だに持っている。それくらいうまかった。
もちろん、それ以外でも感動した食い物はいっぱいある。及川はもともと安物にできているので、高級レストランよりも普通の人たちが行くような店の方が舌が合うことが多い。
高くてうまいものはたくさんあるけれど、安くてうまいものを見つけたときの方が、感動も大きいしな。
もし時間とお金が許すのであれば、それこそ一年中旅行していたい。そこでまたうまい思い出が作れれば、それは人生のラッキーだと思うからさ。
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