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番外編3.ストレスは成長へのステップになる

 職業は作詞家。なんて言うと、決まって人からは、
「あなたは好きなことがやれていいわねぇ」
 嫉妬と羨望混じりのため息をつきながら、そう呟かれる。
 確かに、好きな音楽の世界で身を立てて、人から見れば適当なことを書いて、それでもって『印税』をガッポリ稼いでいる。あこぎで楽ちんな商売のように思うのかもしれない。
 で、それだけならいいが、その次に必ずと言っていいほど投げつけられるのが、
「あなたにはストレスなんて全然ないでしょう?」
 そんな言葉だ。
 人には他人の世界なんてわかりっこないし、ましてや、隣の芝生は青々と繁っているかのように思いがちだ。自由気ままにやっている私のような人間のことがとても良く見える反面、たまらなくムカつく存在であっても、それは仕方がないことなのだろう。

誰にだってストレスはある
 しかし、そうやって「ストレスがない」と言われることが、時には私のストレスになってしまったりする。
 理解されない。大変さに気付いてもらえない。説明したところで、どうせわかってもらえっこないからと思い、適当に「はいは?い」と受け流したぶんだけ、怒りは消化されずに自分の中にモヤモヤと溜まり続ける。
「作詞家なんて結局は運だけでなれるんでしょ? 私だってちょっとその気になれば、あなた以上のものが書けるわ」 
 このあいだも人から言われたそんな言葉をふと思い出して、どうしようもなく腹が立ち、かと言って今さら話を蒸し返して喧嘩を売るというわけにもいかず、悶々としているうちに感情の行き場がなくなり、
「書きたいことだけ書いていられると思ったら大間違いなんだよ!イヤな仕事も我慢してやってんだよ!」
 夜中に一人、部屋の中で怒鳴り散らしてしまった。
 仕事があれば、〆切りやいいものを書かなければというプレッシャーにもがき苦しむ。逆に仕事がなければないで、来年の収入が……という悩みにさいなまれる。
 私は何かトラブルがあるとすぐ胃が痛くなったり、吐いてしまったりする。また、偏頭痛や神経性のじんましんにも常に悩まされている。それらはすべてストレスから来るものだと医者に言われた。
 でも、それを訴えたところで、
「不規則な生活を続けてるからそうなるのよ」
 人にはあっさりそう言い返されるだけだ。
 人は他人のストレスに対して親切ではないし、寛容でもない。おおざっぱに言ってしまえば、他人の痛みなんて所詮関係ないものである。どれだけ親身になってくれる人が周りにいても、結局自分のストレスは自分で解決していくしかないのだ。
 しかし、あるときふと想像してみたのだが……。
 たとえば私が今、仕事もせず、周りにイヤな人もおらず、また、金銭的にも精神的にも何の不安もない日々をおくれるとしたらどうだろう? 
 きっとそんな生活は退屈でしょうがないと思う。
 人はないものねだりをする。他人のことが良く見える。でも、今の自分を選んだのは自分自身なのだ。私はそんなふうに自分を納得させることにしている。

「苦しい」と感じるのは向上心がある証拠
 ストレスがあるのは生きている証拠だし、頑張っているしるし。今の自分じゃ物足りないと感じるからこそ、何とかもっと高みを目指そうと思い、それが現実とのギャップになり、結果ストレスになっていくのではないだろうか。
 現代はストレス時代と呼ばれ、それを癒すためにいろんなものが商品として世の中にあふれている。でも、そんなものは一時期の逃げにしかならないと思う。
 仕事で得たストレスは仕事で解決するしか、人間関係でのストレスは人間関係で消化していくしか、根本的な治癒にはならない。
 あえてストレスと真っ向から向き合い闘える人だけが、次のステップを踏み出せるのであり、ストレスとうまく付き合える柔軟な心が治癒につながるのだ。
 また、適度なストレスがあるからこそ、それを超えていってやろうという気持ちも生まれ、心の緊張感になり、日々にメリハリができるのだと思える。
 そして、そんなふうにストレスさえも前向きに捉えられる人は、とても輝いて見える。


                 ※PHPスペシャル 2004年3月号




 
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