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番外編1.ささやかな贅沢

 15年くらい前、私はすごーく貧乏だった。借金こそなかったものの、打ち合わせの場所に行くための電車代にも事欠き、いつも財布の中にいくら残っているかを気にしているような生活だった。
 その後、作詞家として仕事もくるようになり、とりあえずヒット曲も出て小金を手にした私は、よし今まで出来なかった贅沢をしてやるぞ、と張り切ったのだが、何だか特にこれと言って欲しいものがない。
 それまでの貧乏が身についてしまったのか、外車やブランド品は畏れ多くて手が出せず、かと言ってカシミアのティッシュや1箱千円以上する入浴剤などは、もったいなくて自分では買う気がしない。結局は安い物をたくさん買って今までのウサを晴らすという、お決まりの『安物買いの銭失い』になってしまった。
 結果、何も無理して贅沢することなんかない。自分が必要だと思った物を買えばいいだけ、という考えで今に至っている。
 だが、あるとき友人と話をしていて
「えーっ、それってすごく贅沢!」
とびっくりされたことがあった。
 お風呂に入ったりシャワーを浴びたりするたびに洗濯したてのバスタオルを使うという話だったのだが、それを友人は毎回新しいバスタオルを使うなんてひどく贅沢だと言い張るのだ。
「私なんて1週間くらい同じ物を乾かして使うよ」
えっ、それって汚くないかな……。
「だってきれいになった体を拭いた物じゃない」
でも、前回足を拭いた部分で頭や顔を拭いてしまうことだってあるし。
「他人の足を拭いたのならイヤだけど、自分の足じゃん」
確かに。だけど、一度使ったタオルは乾かしても部屋のいろんな臭いがついているし、湿った感じがするし。
「慣れれば平気。第一あんなかさばる物、毎回洗う方が大変よ」
 コインランドリーに行かなければならない人は別として、自宅に洗濯機があれば全然問題じゃないと思うんだけど……。
 そう言えば、私は貧乏だった頃もお風呂に入るたびにバスタオルを換えていた。洗濯物を抱えてコインランドリーに行くのが大変で、だから、お金が入ったら真っ先に全自動の洗濯機と乾燥機を買ったものだ。
 自分にとっては特別贅沢だと思ってなかったことが、人には贅沢に思えるなんて不思議。てな訳で、そんな会話があってからというもの、私は機会があるたびに
「ねぇ、バスタオルって何回くらい使う?」
と周りの人にリサーチしている。
 今まで聞いたところでは、私と同じように毎回換えるのは稀で、2・3回同じ物を使う人がいちばん多かった。1週間くらい使うよという人も結構いて、中には1ヶ月以上換えない強者もいる。また、夜お風呂に入ったときに使ったタオルを、朝のシャワーのときにも使ってから洗濯するという意見もあった。まさに人それぞれ。バスタオルをあなどるなかれ、という感じだ。
「あんたはケッペキなのよ」
と人に言われたことも多々ある。
 でも、私はたぶん人並みに清潔好きかもしれないが、潔癖性だと思ったことはない。現に、部屋の中は捨てられない本が山となり、飼い猫の毛がふわふわと舞い踊っている。私の車は買ってから7年のあいだ、ワックスがけをしたのはわずか2回。いつも埃と泥にまみれ、時にはカラスの糞をこびりつかせ
「たまには車を洗ったら」
と人に注意される始末だ。
 それでも洗濯したてのタオルじゃなきゃイヤなのは、これはもう贅沢とか潔癖とか言うよりは、私なりのこだわりなのだ。
 さらに、私は洗顔後のフェイスタオルも使ったら毎回洗濯する。さすがに洗面所やトイレ用のタオルは手を拭くたびには換えないが、それでもちょっと湿ってくるともう洗濯機に放りこんでいる。
 ある友人の家に行くたび、いつ行ってもトイレのタオルが同じなのが妙に気にかかったことがある。彼女はブランド品が大好きで流行のファッションにも詳しいけれど、きっとタオルにこだわりはないのだろう。
 自分では普通だと思ってたことが、人には贅沢に映る。でも、これくらいの贅沢なら可愛いもんじゃん、と私は洗濯しすぎてダメになったタオルを捨てるたび、心で呟いている。


             ※マリ・クレール・ジャポン 2002年8月号




 
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